世事抄録 手紙をしたためる

 高校時代に思いを寄せた女性に、突然、手紙をつづりたくなった。どうしていますかとか、あの日の行き違いを尋ねようというのでもない。朝起きたら水たまりに氷が張っていて、踏みつけて割ろうか割るまいか迷いました。そんな心模様を言葉にしたくなったのだ。

 手紙には、お礼や依頼など伝達を目的としたもの以外に、季節のあやうさに心をつづり共振を乞うコミュニケーションもある。「純粋」な少年の頃の手紙は割と後者が多かった。旅先の軒下や喫茶店の隅で感じた何げないこと。旅は詩人にし、読書は哲学者にした。関係の迷いや存在への疑問を自然現象に抽象化した。また、うまく伝えられない心の危うさやはかなさを表現しようとリポート用紙を絵の具で薄く塗り、ポスターをはがき大に切って使った。

 こんな賀状が来た。「あの樹はどうなったのでしょう」。あの樹とはどの樹、何かあった、何が言いたい。おとそ気分で考えているうちに、これまで見た樹を思い起こす。やがて樹の下の告白や別れ、柔らかな手に硬い手、激論と沈黙などいろんな出来事がよぎり、甘酸っぱい感覚やせつなささえ思い出した。

 論理的なメールでは味わえない感性をくすぐる手紙を再開することにした。あの頃と同じパーカーの万年筆とブルーブラックのインクで、右上がりのくせ字で書く。出足は「会いたくて、古希という広場に向かいます」。

(埼玉県在住、島根県奥出雲町出身・鬼灯)

2020年1月30日 無断転載禁止