世事抄録 明星の光さやかに

 校歌は無縁な人には関心が湧かなくても、在校して縁のある人にとっては心に深く刻まれる思い出の一曲になる。校歌を口ずさむと一気に学園生活がよみがえり、みんなで歌ったメロディーは、学校を離れて久しい今も何かの折に口をつく。

 入学した島根半島の海辺にあった小学校は、既に1975年に統廃合されて今はない。幼いころに転居して離れたが、切り通しを抜けると、ぱっと海が広がる景色は、父が作詞した校歌の「小島(おしま)の渚カモメ舞い、海原はるか雲は行く…」と重なって脳裏にはっきりと浮かぶ。

 中学校の校歌「出雲富士ほほえむ窓に、かたりあう若き日の夢…」も、高校の「松江の南空ひろく、白雲悠々去りまた来(きた)る…」も頭に刻み込まれている。まだ柔らかかった頭に朝礼や行事のたびに歌った反復学習が効いているのだろう。

 今春のセンバツに21世紀枠で出場が決まった平田高校は、守り勝つ野球が持ち味。昨年夏の県大会後に始動した新チームで、生徒たちだけで決めた目標は「夏の甲子園で勝って校歌を歌う」だった。

 最近、平田高校の卒業生で義父の妹にあたる叔母からはがきが届いた。平田在住の級友の男性に出場を祝う電話を入れたところ、相手は電話口で「明星の光さやかに、真実の一路を照らし…」と校歌「明星の光」を歌い喜びを表したという。

 校歌を作曲した義父も泉下で、平田高校野球部が甲子園で堂々と校歌を歌う場面を心待ちしているに違いない。

(出雲市・呑舟)

2020年2月27日 無断転載禁止