当て外れ

 能楽の大成者、世阿弥は観客の目をひときわ意識したらしい。自ら能を舞いながら、観客からどう見られているかを絶えず気にしていた。「離見(りけん)の見」という世阿弥の言葉は、自分を離れて自分を見る意味にも通じる。自分の舞は自分でみることができないため、他者の目に映じた姿に本当の自分の芸をみることができる。自己満足に陥らず観客の目を通した客観的評価を重視する演劇論は、今も伝わる▼その観客のいないプロスポーツの光景が広がる。新型コロナウイルスによる感染拡大を抑えるため、プロ野球オープン戦に続いて、大相撲春場所も史上初めて無観客で開催される。見る人がいなければ独り相撲だと言う声もあるが、プロ野球と大相撲という日本独自の人気スポーツが空席に囲まれる異常空間▼無観客開催などによる「得べかりし利益」はいかばかりか。当てにしていたオカネが入らない「当て外れ」の損失は連鎖しやすい。人から人にうつる感染症が、ビジネスの連鎖倒産に広がりかねない▼アマチュアスポーツでも中止や延期が相次ぐ。山陰両県から平田と鳥取城北が出場する選抜高校野球も通常開催を断念、無観客開催か中止で最終判断する▼見てもらってこそスポーツは成長する。打っても投げても静まりかえり、押しても引いても音沙汰なし。無表情と沈黙の舞台でアスリートたちは、どんな自分を見つけるのだろうか。(前)

2020年3月5日 無断転載禁止