半世紀ぶりのパニック買い/「デマ」の指摘効果なし

京都大学公共政策大学院名誉フェロー 佐伯英隆

 社会人になる直前、第1次オイルショックの年の寒い時期だったと記憶しているが、原油の価格上昇と数量不足が現実化する中、どういう理屈か、本来関係の希薄な「石油とトイレットペーパー」が結び付けられた。天下無双の「大阪のおばちゃん」がスーパーに殺到しているという報道をきっかけに発生した「第1次トイレットペーパー騒動」は、鎮静化までほぼ1年を要した。それからほぼ半世紀、またもやって来ました「第2次トイレットペーパー騒動」。

 東日本大震災の際に、生活物資購入の長蛇の列に、粛然と並び、他人への配慮から必要量以上は持ち去らない日本人という映像が世界に流れたのは、まだ記憶に新しいが、その時の日本人と今の日本人は異なるのか。

 いや、そうではあるまい。外に逃げる事ができない島国という環境からか、わが国では諸外国に比して「社会への同調圧力」が極めて強い。その事は反面「異色、異能の者や冒険者を窒息させる」事にもなるのだが、わが国で「他者への配慮」圧力が他国よりは強い事は事実であろう。

 しかし、その「配慮」は震災直後の様に、その「他者」が目に見えるか、現実に存在感を持って感じられる場合にのみ機能する模様で、郊外の巨大スーパーのように匿名性が高く、自らの行為が及ぼす影響を直接的に感じる事がない場所では、発揮されない様だ。一言で言えば、われわれは「人の目」を気にする民族という事であろうか。

 あるオンラインのビジネス誌の記事によれば、買い占めに走った消費者の大半は「デマに惑わされている」訳では無いとの事。デマだと認識しつつ、デマに惑わされた人から「自分や家族を守るために、少し余分に」買いに行ったところ、モノがない。さあ大変だと騒ぎになる。という仕組みの様だ。

 パニック買いの元凶は、デマに惑わされた人や、他人の迷惑を考えない「心ない人」ではなくて、実際は、ほぼ正確な情報と、それなりの倫理観を持つ「ごく普通の人」なのである。だから「デマに惑わされるな」とか「どうか冷静に」などという呼びかけは、全く効果がないだけではなく、「デマに惑わされている人がいる」という情報の伝達そのものが、パニックの循環を引き起こす。

 という事は、パニック買いを防止する最良の策は「その事を報道しない事」となるが、世の中で、何か「えらい事」が生じているのを見つけ出し、それを皆に広く知らせるのがマスメディアの存在理由であるから、それは案にならない。

 「正しい」情報提供も鎮静効果がないとなると、残された手段は警察や軍隊といった物理的強制力を伴う選択肢しかなくなる。要は、パニック買いを予防する手段もなければ、いったん始まったものを鎮静化する方途もないので、「まあ、世の中というものはこんなもんだ」と達観し、静かに待つしかない。

 この事は、決して投げやりな諦観ではない。世の中の大部分の人々が、「パニック買いには解消策はない」との達観に至り静かにノーマルな生活を送れば、自然と品不足は解消に向かう。加えて、マスコミも、こういった事象を報道する時は、殊更にあおり立てるような口調や、品不足を印象付けるような画面構成をもう少し自制してもらえれば助かるのだが。

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 さえき・ひでたか 大阪府出身。東京大法学部卒、ハーバード大J・Fケネディ行政大学院修了。1974年、通産省(現経産省)に入省。在ジュネーブ日本政府代表部参事官、島根県警本部長、通商政策局審議官などを経て2004年に退官。15年3月まで京都大公共政策大学院特別教授。イリス経済研究所代表などを務める。

2020年3月29日 無断転載禁止