2019年山陰中央新報社地域開発賞 表彰式
社会貢献 功績たたえる (2019/10/26)
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松尾倫男社長(右)から表彰状を受け取る渡部良治さん=松江市千鳥町、ホテル一畑(日高敏彦撮影) |
島根県内の各分野で、長年にわたって地域社会の発展に尽くした人を顕彰する山陰中央新報社の地域開発賞の表彰式が25日、松江市千鳥町のホテル一畑であった。5賞6部門の受賞者6人が歩みを振り返り、さらなる飛躍へ決意を新たにした。
受賞したのは境英俊さん(60)=スポーツ賞、松江市うぐいす台▽渡部良治さん(70)=文化賞、出雲市佐田町大呂▽片岡初美さん(48)=教育賞、同市渡橋町▽岸川勉さん(52)=産業賞第1部門(農林畜・水産)、安来市下坂田町▽佐藤隆さん(65)=産業賞第2部門(商工鉱・観光・建設)、浜田市弥栄町三里▽本田坦さん(85)=社会賞、松江市学園南2丁目=の6人。
表彰式で山陰中央新報社の松尾倫男社長は「過疎化や高齢化など諸課題が山積する中、地域でぶれずに活動を続けるのは非常に尊いこと。心から敬意を表したい」と功績をたたえ、表彰状と副賞を贈った。
式後の祝賀会では受賞者があいさつに立った。競技人口が少ない地域で剣道教室を開く境さんは「子どもたちは(競技への)食い付きが違う。指導する方も楽しい」と振り返り、途絶えていた出雲地方の歌舞伎を復活させた渡部さんは「少子高齢化で活動の継続は厳しいが、取り上げてもらうことが本当に励みになる」と語った。
青少年赤十字活動の指導者として、平田高校の生徒と共に体験型の防災啓発活動に取り組む片岡さんは「生徒が頑張り、地元の方が生徒を育ててくれた」と感謝。若手農業者のリーダーとして無農薬野菜を栽培する岸川さんは「受賞を糧に基盤を強化し、安来市の農業振興に一層努める」と宣言した。
島根産原料にこだわってみそを製造する佐藤さんは「発酵食品に対する思いは誰にも負けない」とし、救急救命法のボランティア指導員を務める本田さんは「今後も可能な限り普及に努める」と意気込んだ。
2019年山陰中央新報社地域開発賞 受賞者の横顔
山陰中央新報社が、島根県内の各分野で、地域社会の発展に貢献している人を表彰する「2019年山陰中央新報社地域開発賞」の表彰式が25日、松江市千鳥町のホテル一畑である。表彰に合わせて、スポーツ▽文化▽教育▽産業(第1部門・農林畜水産、第2部門・商工鉱・観光・建設)▽社会―の各賞を受けた6人の功績と横顔を紹介する。
第6回スポーツ賞
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島根大剣道部で形の指導をする境英俊さん(左)=松江市西川津町、島根大 |
県剣道連盟常任理事、県体協普及委員
境 英俊さん(60)
=松江市うぐいす台=
剣道通じて学生を育む
島根県内で剣道の楽しさや魅力を伝えたいと始めた活動は20年を超えた。1998年から年1回、顧問を務める島根大剣道部の春合宿として、小中高校生を対象に「剣道教室」を実施。部員が準備から運営の全てを担い、競技普及と学生の育成につなげる。
福岡県みやま市出身。剣道が盛んな地域で母方の祖父、母の兄弟とその息子は全員が剣道をしていた。「やらない選択肢はなかった」と小学4年で始め、中学、高校では全国大会で上位に進んだ。筑波大大学院博士課程を修了し、84年に島根大に赴任した。
県東部に比べ、県西部の中山間地域や隠岐は剣道に触れる場が少ないと感じていた。部員を連れて県内を回りたいとも考えていた。思いを実現したのが98年3月。旧邑智町内で5泊6日の合宿を開いた。同町内で教師を務める剣道部の教え子に相談し、協力を得た。以来ボランティアで続け、喜ぶ子どもたちの表情は学生の励みになっている。
合宿は泊まりがけで行う。会場確保を含む事前準備のほか、指導や運営を部員に任せるスタイルは初回から変わらない。「教育実習のイメージ」と見守りながら、部員が困った時に相談やアドバイスをする。
剣道部の女子主将で教育学部4年の湯浅里咲さん(21)は「毎回指導方法を考えるのが難しいが、遠征で練習する以上に身になっている」と話す。
学生の主体性や考える力を伸ばすのは、剣道部での指導に表れている。「ああしろこうしろ、とはあまり言われない。答えを待つという方が多いと思う」と湯浅さん。考えた分だけ力になると学生も感じている。
教室の参加者は毎回100人に上る。島根大剣道部の門をたたく参加者もおり「やってきたことは間違いではなかった」と喜ぶ。周囲の関心は高まり、県内の剣道連盟からの要望で、同様の教室を開くまでになった。定年退官が5年後に迫る中で「活動はずっと続けてほしい」と願う。
「年齢を問わず稽古できるのが剣道の魅力。一度稽古すれば皆仲間」と笑みを浮かべた。
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第58回文化賞
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11月の舞台に向けて稽古に臨む渡部良治さん=出雲市佐田町反辺、佐田伝統芸能伝承館 |
出雲歌舞伎むらくも座代表、出雲市文化団体連合会会長
渡部 良治さん(70)
=出雲市佐田町大呂=
出雲歌舞伎の伝統守る
出雲市佐田町の農村に伝わる「出雲歌舞伎」の伝統を半世紀近く守り続けてきた。現在も、若手と一緒に「令和の歌舞伎像」を探っている。
江戸時代に起源があるとされる出雲歌舞伎は、大正中期に確立した。広島県出身で、後に佐田町に移住する歌舞伎役者・嵐美里(故人)の指導によるものだ。
しかし終戦後、進駐軍の占領政策でやりや刀といった小道具だけでなく、台本まで奪われる消滅の危機に立たされた。「忠臣蔵」などの筋書きは、当時の占領側には都合が悪い内容だったのだろう。嵐美里は記憶で台本を書き起こし、後継者の嵐美昇(本名・田部繁敏、故人)に託した。
この頃、佐田に生まれ育ち、出雲歌舞伎への憧れとともに成長した青年に「試練」が訪れる。高度成長期でムラから出稼ぎに出る若者が相次いだ。テレビの普及もあり、1960年の公演を最後に自然消滅の憂き目に遭った。
自らが立ち上がるしかなかった。75年、青年団の仲間に呼び掛けて、15人で「むらくも座」を結成。嵐美昇の門をたたき、役者や脚本家、美術など裏方の育成を一から学んだ。「中央の物まねをやっているわけではない。先代、先々代の師匠から教えられた芸と心意気を伝承している」との自負がある。継承する32本のうち、16本は佐田独自の演目だ。
現在は33歳から84歳までの男女20人で、11月に定期公演を開催している。今年は、忠臣蔵の討ち入り前の一場面を描いた「南部坂雪の別れ二幕」などを演じ、自ら先頭に立つ。
「大正、昭和、平成、令和…。それぞれの時代に支持されないと伝統芸能を継承したことにはならない」と言い切る。台本の中に「ゆっくり」とあっても、時代によって演じ方が違うと肝に銘じ、現代の観客に分かってもらえる演技を模索している。
「芝居は役者や裏方だけでなく、観客、稽古場やおいしい幕の内弁当があって初めて成立する。みんな心を一つにしてきたからこそ続けることができた」。周囲への感謝は忘れない。
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第53回教育賞
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生徒と共に活動する片岡初美さん(奥)=出雲市平田町、平田高校 |
平田高校教諭、青少年赤十字部顧問
片岡 初美さん(48)
=出雲市渡橋町=
生徒と防災活動に情熱
平田高校(出雲市平田町)の青少年赤十字(JRC)部顧問に2013年に就任し7年。これまで140人以上の生徒たちにボランティア活動などを通して「気づき・考え・実行する」力を身に付けさせようと情熱を注いだ。「いろいろ工夫してきた生徒たちに代わっての受賞。協力いただいた地域の方々に感謝したい」と喜ぶ。
出雲市大社町出身。島根大教育学部を卒業した1994年に教員となり、平田高校に着任。2013年の2度目の平田高校勤務で初めて青少年赤十字部顧問となった。「生徒の主体性に任せる」方針で「できるだけ口出しはしない」と言い切る。
活動は街頭募金や福祉施設でのボランティアと多岐にわたるが、防災には特に力を入れる。11年に起きた東日本大震災を受けて地域での防災活動が注目されていた中、顧問就任時には「平田高校が災害時の避難所になっている。5千人もの人たちがやってきたらどうしたらよいかを生徒に投げ掛けた」という。
部員たちはまず、救急に関する資格取得で知識を深め校内に向け啓発活動にも取り組んだ。やがて地域へと広がり、地域事業への参画から体験型防災イベントを主催するまでになった。
部員が考案したイベントでは、がれきに見立てた突起物の上を新聞で作ったスリッパで歩いてもらい、スリッパの有無での比較体験を盛り込むなど防災に関するイベントを展開。昨年度は延べ1万307人の地域住民に参加してもらった。
「命を守ることについて考えてもらった」という活動は「全国ボランティアアワード2018」で3位に入賞し、全国的にも高く評価された。昨春の島根県西部を襲った地震では、被災した大田市などに行き、部員たちとがれきの撤去作業に従事するなど現場の空気を肌で感じた。
今後の課題は災害弱者も含めた取り組み。「地域みんなで全員の命を守るためにはどうすればよいか、部員30人が地域の人たちとともに考えている。もちろん、じっと見守っている」と笑顔で語る。
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第53回産業賞・第一部門(農林畜・水産)
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葉物野菜の生育状況を確かめる岸川勉さん=安来市赤江町 |
赤江・オーガニックファーム代表
岸川 勉さん(52)
=安来市下坂田町=
有機野菜拡大に力注ぐ
安来市赤江町中島地区でホウレンソウやコマツナといった有機JAS認証の葉物野菜を生産し、2015年に地元の若手就農者と結成した有機栽培グループ「赤江・オーガニックファーム」の代表を務める。強いリーダーシップを発揮してメンバー7人を束ね、付加価値の高い農産物を共同出荷して販路を拡大するとともに、研修生を積極的に受け入れて若手農家の育成に力を注ぐ。
長崎県諫早市出身で大学卒業後、広島県でサラリーマン生活を送った。娘が生まれて間もない頃、食の安全への関心が高まり「食は人が生きる根本。安心・安全な食べ物を自分で作りたい」と農業の道を志した。
妻の実家が安来市内で自然食品店を営んでいたことから、家族を説得して01年に移住。島根県の研修制度を使って基礎から農業を1年半学び、就農した。当初から「やるなら無農薬栽培と決めていた」といい、研修中に知り合った県東部のU・Iターン仲間と協力して、技術向上と直取引の販路開拓を進めた。
試行錯誤を繰り返しながら経営を軌道に乗せ、4棟で始めたハウスは21棟に増えた。10年からは、県などの仲介で就農希望のU・Iターン者の研修受け入れに協力。12年には新規就農者に栽培技術を教える「県指導農業士」に認定された。
赤江・オーガニックファームの仲間7人は、自身の農場で受け入れた元研修生。安来市が県やJAなどと連携し、技術指導と農地確保、住宅提供をひとまとめにした支援制度を活用して定住につなげた。ファームは現在100棟以上のハウス団地に成長し、中島地区住民も若い農業者を温かく迎え入れている。
自身の経験から、新規就農者へのアフターフォローの大切さを説く。安定経営には、出荷量確保やしっかりした供給態勢の構築が欠かせないとし「切磋琢磨(せっさたくま)しながら協力し合える仲間を地域に増やすことが重要。今後も若い農業者をサポートしたい」と力を込める。
市内の学校給食への食材提供や農場見学の受け入れなど、地産地消・食育活動への協力も惜しまない。
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第53回産業賞第二部門(商工鉱・観光・建設)
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有機栽培の大豆を作ったみそ造りで6次産業化を実現し、後進育成にも情熱を注ぐ佐藤隆さん=浜田市弥栄町三里、やさか共同農場 |
やさか共同農場相談役
佐藤 隆さん(65)
=浜田市弥栄町三里=
みその6次産業化実現
浜田市弥栄町で1972年に生活と生産の場が一つになった農業を目指す「弥栄之郷共同体」を設立。有機栽培の大豆を使ったみその製造・販売による6次産業化を実現し、後進の育成にも情熱を注ぐ。
広島県尾道市出身で、同県内の高校を卒業後、知人3人と共に弥栄に移り住んだ。コメや野菜の栽培を始めたが、冬は雪で農作業ができず、11月から翌年3月まで出稼ぎに出る年が続いた。理想と現実のギャップに悩む中、農業技術指導をしていた県職員の「弥栄は水がいいからみそを造ったら」と勧められたのが、殻を破るきっかけになった。
77年に「やるしかない」と本格的にみその原料となる大豆の栽培を始めた。みそには農薬や化学肥料に頼らない自分で育てた大豆のほか、品質が確かな国産ものを使い、広島県で売り込むうちに評判となり、大豆の栽培、みその生産量ともに増やしていった。
89年には「やさか共同農場」を設立し、社長になった。現在従業員はみそ造りを手掛ける7人を含む約40人。弥栄町の内外計36ヘクタールで大豆、コメ、大麦などの栽培を手掛け、年200トンを超えるみそを製造している。大豆は、地元の契約農家からも調達し、地域農業の維持にも貢献する。
2007年に中国、関西、九州地方の農業者らによる「西日本ファーマーズユニオン」「西日本有機農業生産協同組合」を相次いで設立して両団体の代表理事となり、運送業者と連携した農産物の共同輸送システムの構築にも尽力した。
食生活が多様化し、みその消費量が減る中、会社として力を入れてきたのが都会地の一般消費者を対象にしたみそづくり教室だ。今は従業員らに任せているが、消費者との触れ合いを通じてニーズを知ることが今後のみそ造りにつながると信じ、期待する。
地域農業の将来を見据え「次世代にしっかりとバトンを渡すのが私の役目」と強調。「手前みそという言葉がある通り、自分で造ったみそは自慢したくなる。消費者にも造る喜びを知ってもらい、消費拡大に努めたい」と力を込める。
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第53回社会賞
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講習会で心肺蘇生法を指導する本田坦さん=松江市内中原町、日本赤十字社島根県支部
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救急法、水上安全法指導員
本田 坦さん(85)
=松江市学園南2丁目=
救急救命法普及に貢献
地震や水害など日本列島で災害が多発している。不幸に負傷し、命を落とす人は少なくない。日常生活の中にも多くの危険が潜む。「一人でも多くの命を救いたい」。心臓マッサージや人工呼吸、自動体外式除細動器(AED)、止血や熱中症予防など、身近な救急救命法を60年以上にわたり、県内に広めてきた。警察官や消防署員、一般市民ら、技術や思いを受け継いだ人々は各地に散らばり、地域の安全安心を守る礎となっている。
1934年、北九州市に生まれた。水泳部主将を務めた高校3年時、救助員の資格を取得。米軍基地内のプールでアルバイト中、溺れたアメリカ人を助けた。救助の実践は初めてで、米兵らから感謝され、救急救命法普及の必要性を強く実感した。
55年、日本赤十字社福岡県支部の水上安全法の指導員養成に呼ばれ、資格を取得。その時の講師が、日本における救急救命法・水上安全法の第一人者、小森栄一さんだった。全国を回る小森さんは、島根県の関係者から指導員派遣を懇願されていた。「島根に行ってみないか」との打診を、「自分が必要とされ、貢献できるなら」と、二つ返事で引き受けた。
日本赤十字社島根県支部へ57年に赴任した際、県内の指導員はただ一人。西へ東へと向かい、年間80回以上の講習をこなした。人工呼吸法がマウス・トゥ・マウスに変わったときもすぐさま技術を身に付け、普及に取り組んだ。
救急救命法を幅広く伝えるには、多くの指導者が必要。74年に日本赤十字社中四国ブロックの水上安全法高等科教師(現在は講師)となり、指導員養成に努めた。96年の退職以降も熱意は衰えず、ボランティア指導員として活動を続ける。功績が認められ、2017年には日本赤十字社創立140周年に伴う社業功労者社長特別表彰を受けた。
長年、救急救命に携わり「自助、共助、互助の気持ちが大切」と感じる。「救急法の知識があれば、多くの人を助けることができる。元気なうちは普及を続ける」と使命感を燃やす。
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2019年山陰中央新報社地域開発賞 選考委員(順不同、敬称略)
[第64回 スポーツ賞] |
島根大学名誉教授 |
斎藤 重徳 |
島根県環境生活部スポーツ振興課長 |
渡部 浩二 |
島根県体育協会専務理事 |
安井 克久 |
島根県スポーツ推進委員協議会会長 |
森本 敏雄 |
島根県高校体育連盟会長 |
津森 敬次 |
島根県中学校体育連盟会長 |
古藤 浩夫 |
[第58回 文化賞] |
島根大学法文学部長 |
田中 則雄 |
島根県教育委員会教育長 |
新田 英夫 |
島根県市町村教育委員会連合会会長 |
槇野 信幸 |
島根県環境生活部長 |
松本 修吉 |
NHK松江放送局長 |
吉光 賢之 |
山陰中央テレビジョン放送会長 |
有澤 寛 |
[第53回教育賞] |
島根大学教育学部長 |
加藤 寿朗 |
島根県教育委員会教育長 |
新田 英夫 |
島根県市町村教育委員会連合会会長 |
槇野 信幸 |
島根県高校PTA連合会会長 |
大屋 光宏 |
島根県PTA連合会会長 |
原 完次 |
島根県高校文化連盟会長 |
古居 晃 |
[第53回産業賞] |
島根大学生物資源科学部長 |
井藤 和人 |
島根県農林水産部長 |
鈴木 大造 |
島根県商工労働部長 |
新田 典利 |
島根県商工会議所連合会会頭 |
古瀬 誠 |
島根県商工会連合会会長 |
石飛 善和 |
島根県農業協同組合中央会会長 |
石川 寿樹 |
漁業協同組合JFしまね会長 |
岸 宏 |
[第53回社会賞] |
島根大学名誉教授 |
猪野 郁子 |
島根県教育委員会教育長 |
新田 英夫 |
島根県環境生活部長 |
松本 修吉 |
島根県健康福祉部長 |
吉川 敏彦 |
島根県警察本部長 |
今村 剛 |
島根県社会福祉協議会会長 |
江口 博晴 |
島根県連合婦人会会長 |
野々内さとみ |