松江中学時代を首席で通した西田千太郎は、周囲から「大(だい)磐石(ばんじゃく)」とたたえられた。その秀才ぶりは早くから有力者たちの目に留まっていた。
明治8(1875)年、12歳の千太郎は、当時の島根県令・井関(いせき)盛艮(もりとめ)により、旧宇和島藩主・伊達宗徳の三男、隆丸の「学友」として抜擢(ばってき)される。井関が養育していた隆丸に付き添い、生活と学業の両面を支える役目だった。千太郎は親元...
松江中学時代を首席で通した西田千太郎は、周囲から「大(だい)磐石(ばんじゃく)」とたたえられた。その秀才ぶりは早くから有力者たちの目に留まっていた。
明治8(1875)年、12歳の千太郎は、当時の島根県令・井関(いせき)盛艮(もりとめ)により、旧宇和島藩主・伊達宗徳の三男、隆丸の「学友」として抜擢(ばってき)される。井関が養育していた隆丸に付き添い、生活と学業の両面を支える役目だった。千太郎は親元...
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