作家の向田邦子さん(1929~81年)に『刻む音』というごく短いエッセーがある。幼い頃に目を覚ますと、必ず台所から、母がみそ汁の具を刻む音が聞こえてきたという。
大根の千六本切りやネギのみじん切り。大ぶりの菜切り包丁に、木製のまな板がぶつかり合って聞こえる朝の音だ。「いまのステンレスの包丁、プラスチックのまな板では、とてもああいう、あたたかい音は無理であろう」と記す。朝支度の音は寝ている家族への気遣いもあり、やさしく響くのだろう。
一方、職場では最近「音ハラスメント」に悩む人が増えているという。日本ハラスメント協会によれば、配慮なく過剰な音を立てて周囲を不快にさせる行為を指し、キーボードを強く打つタイピング音や独り言、大声での会話が代表例だ。
故意であればもっての外だが“加害者”に悪気がないことも多いため周囲にやんわりと指摘してもらうほか、許されれば耳栓やイヤホンの装着が効果的だという。何より物理的に離れることが一番の策だ。
個人的に気分を変えたいときは松江市の新聞社を出て近くの松江城山公園へ向かう。耳を澄ませば草木が風にそよぐ音、鳥のさえずりに癒やされる。この時季は音だけでなく、生命力に満ちた新緑や青空を映す水を張った田んぼなど鮮やかな光景も見られる。家庭でも職場でも行き詰まったときにこそ外に目と耳を向け、気分を一新したい。(衣)














