字幕翻訳者の齋藤敦子さんが、4月27日に病気のため亡くなった。71歳。日本映画ペンクラブが報告した。
【動画】齋藤敦子さんが字幕翻訳担当した映画『アメリ』紹介映像
書面にて「齋藤敦子さんに関するご報告となります。お兄様より、齋藤さんご逝去のご連絡をいただきました。長年にわたり、日本映画ペンクラブの幹事を務め、貢献してくださった故人の急逝を悼み、謹んでおしらせいたします」と追悼した。
兄・齋藤昌之さんは「2026年4月27日、享年71にて、病気のため都内で永眠いたしました。(齋藤敦子 1954年8月22日静岡県沼津市生まれ)葬儀・告別式は、本人の意思により、近親者で済ませました。生前は皆さまにご厚情をたまわりましたこと、本人に代わりまして厚く御礼申し上げます」と伝えた。
齋藤敦子さんは、1954年8月22日、静岡県沼津市生まれ。奈良女子大学哲学科卒業後、1980年に渡仏。パリで映画編集を学ぶ。4年後に帰国、株式会社フランス映画社宣伝部勤務を経て、フリーの映画評論家、字幕翻訳者に。国際批評家連盟(FIPRESCI)の一員としてカンヌやベルリンなどの国際映画祭、東京国際映画祭や東京フィルメックスでも日本映画の最前線を厳しく見つめるかたわら、映画界の今を仔細に取材し、河北新報を通じて日本の映画ファンに伝え続けた。また長年、日本映画ペンクラブの幹事を務め、映画の評論・出版に寄与した。トレッキングが好きで、毎年のネパール行を楽しみにしていた。
字幕翻訳者としては、フランス映画社在籍中に、1987年公開の『エリア・カザンの肖像』(1982)でデビュー。以降、『冬の旅』(91〈公開年〉/85〈製作年〉、アニエス・ヴァルダ)、『五月のミル』(90/90、ルイ・マル)、『季節のはざまで』(93/92、ダニエル・シュミット)、『タンデム』(93/87、パトリス・ルコント)、『ポーラX』(99/99、レオス・カラックス)、『アメリ』(2001/2001、ジャン=ピエール・ジュネ)、『恋ごころ』(02/01、ジャック・リヴェット)、『夜顔』(07/06、マノエル・デ・オリヴェイラ)、『ラブバトル』(15/13、ジャック・ドワイヨン)、『EDEN/エデン』(15/14、ミア・ハンセン=ラヴ)、『山逢いのホテルで』(24/23、マキシム・ラッパズ)、『新凱旋門物語』(26.7月公開予定/25、ステファン・ドゥムースティエ)など数々のフランス語映画を担当した。
また、93年の日本初公開時に自ら翻訳を志願したアッバス・キアロスタミ監督の『そして人生はつづく』(93/92)、『友だちのうちはどこ?』(93/87)や、『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』(18/15)など敬愛するフレデリック・ワイズマン監督の数多くのドキュメンタリーほか、フランス語以外の作品への貢献も幅広い。
その他、『コックと泥棒、その妻と愛人』(90/89、ピーター・グリーナウェイ)、『リフ・ラフ』(91/91)から『ブレッド&ローズ』(24/00)までのケン・ローチ作品、『白いリボン』(10/09、ミヒャエル・ハネケ)、『ブロンド少女は過激に美しく』(10/09、マノエル・ド・オリヴェイラ)、『ブンミおじさんの森』(11/10、アピチャッポン・ウィーラセタクン)、『グランドツアー』(25/24、ミゲル・ゴメス)、『ペンギン・レッスン』(25/24、ピーター・カッタネオ)、『ブルームーン』(26/25、リチャード・リンクレイター)など、独立系配給会社の数々の作品の字幕を担当。2025年には、イザベル・ユペール主演『旅人の必需品』で長らく念願であったホン・サンス監督作品の字幕も初めて手掛けた。
書籍の翻訳には、『ピアノ・レッスン』(ジェーン・カンピオン著、新潮文庫、93)、『シネマメモワール』(ピエール・ブロンベルジェ著、白水社、93)、『カストラート』(アンドレ・コルビオ著、新潮文庫、95)、『奇跡の海』(ラース・フォン・トリアー著、幻冬社文庫、97)、『世界の映画ロケ地大事典』(監訳/トニー・リーヴス著、晶文社、04)、『パリ 快楽都市の誘惑』(ジョン・バクスター著、清流出版、08)などがある。
近年は戯曲の翻訳も多数手掛け、フロリアン・ゼレールの〈Le Fils 息子〉で2021年に第14回小田島雄志・翻訳戯曲賞を受賞。ゼレール作は続けて24年に〈La Mere 母〉、25年に〈飛び立つ前に〉も担当した。
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