「ジャズに名曲なし、名演あるのみ」と言われる。即興演奏の魅力を強調した言葉。実際、同じ曲をさまざまなミュージシャンが演奏して個性が表れ、聴き比べが楽しい。例えば定番曲「ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラブ・イズ」で好きなのは1989年ライブ・アンダー・ザ・スカイでの「サキソフォン・ワークショップ」の演奏だ。
本来はしっとりとしたバラード。ところが、マイケル・ブレッカー、ビル・エバンス、スタンリー・タレンタイン、アーニー・ワッツのサックス奏者4人を軸にしたサキソフォン・ワークショップはアップテンポで演奏し、スリリング。4人が代わる代わる吹き、後半はそろって盛り上げる流れもいい。この演奏を聴いてこの曲を見直した。
バラード調ではアイスランドの歌姫ビョークが歌ったものが好き。音が聴こえるくらい大きく息継ぎする独特の歌唱が良いタメになり、切なさを高める。
定番曲「キャラバン」だと、一流ドラム奏者を志す若者が主人公の映画「セッション」(2014年、米国、原題Whiplash)での演奏が印象深い。疾走感あふれるドラムで始まってベース、ピアノが順に加わり、ホーンセクションがはじける序盤がいい。ドラムはもちろん、ここのベースがかっこよく序盤だけ何度も聴き返すほどだ。

映画も、陰湿なしごきを繰り返す音楽学校の鬼教師に立ち向かうストーリーで引き込まれる。「キャラバン」演奏終了でエンドロールとなるラストが爽快。サウンドトラックCD(輸入盤)もDVDも買った。
「キャラバン」は、ドラム奏者アート・ブレイキーの力強い演奏、ビブラフォン奏者ミルト・ジャクソンの美しい演奏もいい。
同じ曲、同じミュージシャンでも時により演奏が違い、その聴き比べもある。
例えばドン・プーレン&ジョージ・アダムスカルテットの「ソング・フロム・ジ・オールド・カントリー」は1989年マウントフジ・ジャズ・フェスティバルでの演奏が最高だ。
速弾きのピアノ奏者プーレンが鍵盤上で拳を転がす荒技を見せる。テレビで見て「こんな弾き方ありか」と驚いた。87年マウントフジでも荒技は見せるが、89年の方がド派手に何度もやる。CD化されておらず、ネットで見つけた動画を聴いている。
CD化されていない名演も聴けるとは便利な時代になったとつくづく思う。
(志)