かつて米子市と鳥取県南部町を結んだ法勝寺電車の沿線を歩く催しが2日、開かれた。距離別の3コースに分かれた計100人が、橋梁(きょうりょう)や駅プラットホームなどの遺構が点在する廃線をたどって往事に思いをはせた。
米子市ー法勝寺駅間の全線(15キロ)、一部区間の9キロと6キロのコースで、丘を削った切り通し、宅地や田んぼを縫うように走る線路跡が残り、現在は道路に転用された所もある。法勝寺川橋梁跡や、モニュメントとして駅跡にある駅名標などの見どころを、案内人の解説を聞きながら巡った。
このうち9キロを歩いた約10人は、手間駅跡(南部町天萬)で住宅の間から垣間見えた大山を背景に、駅名標を写真に収め、案内人の「3両編成の先頭と後尾は、乗客の性別が分けられていたようだ」という逸話を聞いた。
現存する国産木製客車が展示される南部町法勝寺の複合施設・キナルなんぶに向かった米子市立弓ケ浜小学校4年の竹本創亮君(10)は「おばあちゃんから法勝寺電車の話を聞いて、詳しく知りたくなった。実物に乗れるのも楽しみ」と張り切った。
催しは現存車両2両などの県保護文化財指定10周年を記念し、官民でつくる実行委員会などが、8年ぶりに開いた。
(田淵浩平)











