東京工業大の田中幹子教授(「女性科学者に明るい未来をの会」提供)
東京工業大の田中幹子教授(「女性科学者に明るい未来をの会」提供)
原始的な魚類に近い特徴を持つとされるトラザメ(田中幹子教授提供)
原始的な魚類に近い特徴を持つとされるトラザメ(田中幹子教授提供)
指の間で細胞死が起こっているニワトリの足(田中幹子教授提供)
指の間で細胞死が起こっているニワトリの足(田中幹子教授提供)
東京工業大の田中幹子教授(「女性科学者に明るい未来をの会」提供)
原始的な魚類に近い特徴を持つとされるトラザメ(田中幹子教授提供)
指の間で細胞死が起こっているニワトリの足(田中幹子教授提供)

 サメのひれ、カエルの水かき、人の手足。生き物の四肢は、それぞれが生きる環境に適した独特の形と機能を備えている。そうした特徴はどのように獲得されたのか。さまざまな生き物の発生過程の比較から、この謎に挑んでいるのが東京工業大の田中幹子教授(50)だ。魚のひれが人の手の形に近づく仕組みや、水かきの有無を決める要因の一端を突き止め、優れた女性科学者をたたえる2021年の「猿橋賞」を受賞した。

▼形作りの遺伝子

 陸上で生活する脊椎動物の前肢と後肢は、それぞれ古代の魚類の胸びれと腹びれから進化したと考えられているが、詳細はいまだに不明だ。

 田中さんは、ひれが四肢に進化したメカニズムを探るため、原始的な魚類に近い特徴を持つとされるトラザメと、哺乳類のマウスについて、受精卵が成長していく初期段階の「胚」を遺伝子レベルで比較した。

 トラザメの胚の将来ひれになる部分と、マウスの胚の将来前肢になる部分を調べると、体の形作りに関わる複数の遺伝子それぞれが働いている領域に違いがあることが分かった。さらに、この領域のバランスは「Gli3」という別の遺伝子によってコントロールされていることも判明した。

 田中さんは「Gli3の働き方が変わり、遺伝子の領域バランスが変化したことで、ひれが四肢に進化した可能性がある」と指摘する。

 また、トラザメの胚で遺伝子の領域バランスを人為的に変化させると、通常はひれの付け根にある3本の骨が、陸上の脊椎動物と同様に1本に変わることも確認した。

▼活性酸素

 手指の形はどうか。水辺に生息する両生類は指の間に水かきを持ち、水中での生活に利用している。一方で哺乳類の多くは水かきがない。人には胎児のころ指の間に水かきのような細胞があるが、生まれる前に自然に消える。この細胞の消失は「指間細胞死」と呼ばれている。

 2019年、田中さんは指間細胞死が、体内に取り込んだ酸素から生じる活性酸素によって導かれることを発見した。

 足に水かきがあるアフリカツメガエルのオタマジャクシを高い酸素濃度の環境で育てると、足の指の間で本来は起こらないはずの細胞死が起こった。一方、通常は水かきがないニワトリの足の細胞を低酸素状態で培養すると、細胞死はほとんど起こらなかった。

▼不可欠なプロセス

 田中さんによると、哺乳類では母親の胎盤を通じて酸素が子どもの手指に届き、鳥類では大気中の酸素が卵の内部に取り込まれる。しかし両生類の多くは手足の生える時期を水中で過ごし、呼吸に利用する酸素量は少ない。こうした環境の違いが、指間細胞死の有無に関わっているらしい。

 興味深いのは、哺乳類などで指間細胞死が手足の形作りに不可欠のプロセスとして利用されていること。進化の過程で指間細胞死というシステムがどのように生まれ、発生の仕組みに組み込まれたのか。田中さんの次の研究課題の一つだ。

 「生命現象の基本的なルールを解明する重要な研究だと思う。さまざまな生き物を比較するなど自分なりのやり方で、真理の追究を続けたい」と田中さんは意気込む。

 

進化経て個性的に

 生き物の手足は個性的だ。例えばコウモリは、人と同じ哺乳類なのに「飛膜」と呼ばれる薄い膜でできた翼を持ち、自由に空を飛ぶことができる。水鳥の一種オオバンには「弁足」という木の葉が連なったような不思議な形の水かきがある。ウマやラクダなどのひづめを持つ動物は、進化の過程で指の数が減り、特定の指だけが太く大きくなった。指間細胞死を促したり抑えたりする仕組みを利用して、独特な形態ができていったと考えられている。