摂関政治の全盛期を築いた藤原道長の後を継いだのは、長男の頼通だった。だが1027年に道長が死去した後は、頼通と同母弟の教通との間に政権を巡る確執が生じた。頼通は計51年も摂政、関白の座に居座り続け、その間、教通の昇進を抑えつけたのである。

 おそらくは2人...