保管されていた三岸節子さんの作品を確認する長岡昌夫さん(右)と梅木里奈さん=雲南市大東町大東
保管されていた三岸節子さんの作品を確認する長岡昌夫さん(右)と梅木里奈さん=雲南市大東町大東
三岸節子さん(1950年代前半)=(c)MIGISHI
三岸節子さん(1950年代前半)=(c)MIGISHI
保管されていた三岸節子さんの作品を確認する長岡昌夫さん(右)と梅木里奈さん=雲南市大東町大東 三岸節子さん(1950年代前半)=(c)MIGISHI

 女性洋画家の第一人者で1999年に亡くなった三岸節子さん(愛知県一宮市出身)の作品が島根県雲南市大東町の民家で見つかった。花を描いた水彩のデッサンで50年代に制作したとみられるという。兄が大東町で事業を営む縁で当時、町内で個展を開いたことも判明。一宮市側の依頼で調査に協力した大東図書館の司書は著名な画家と古里のゆかりが分かったことを喜ぶ。 (狩野樹理)

 三岸さんの兄・吉田章義さん(故人)はかつて大東町内でモリブデン鉱山を経営。夫が鉱山会社で働いていたという渡部敦子さん(87)=大東町大東=の自宅に作品が残っていた。

 作品は個展を開いた50年代に息子の黄太郎さんと大東町を訪れ、その頃描いたと推察されるという。黄太郎さんの作品も一緒に保管されていた。

 発端は、顕彰活動に取り組む一宮市三岸節子記念美術館が、鉱山経営で成功を収めた吉田さんの存在に着目したこと。大東町での足取りを調べるに当たり、大東図書館に助力を頼んだ。

 吉田さんが三岸さんの名を広める活動をしていないか問い合わせを受けた図書館の司書・梅木里奈さん(34)たちは館の資料や当時の新聞記事、旧大東町役場が保管していた写真などを調査。1956年に大東町と松江市で個展を開いていたことが分かり、地元住民の協力も得て、作品にたどり着いた。

 2日には美術館の学芸員・長岡昌夫さん(44)が大東町を訪れ、渡部さん宅で作品を確認。「これまで知られていなかった節子の足跡を探る足がかりになった」と評価した。梅木さんは「吉田さんだけでなく大東町のことが新たに分かり、図書館の今後の活動にも生かせる」と話した。

 

▽三岸節子さん 1905年、愛知県一宮市生まれ。女子美術学校(現・女子美術大学)を卒業し画家の三岸好太郎さんと結婚。20歳の時「自画像」などの作品でデビューした。3人の子を育てながら制作を続け、47年には女流画家協会を結成。女性洋画家の地位の向上に尽くした。68年にフランスに移住し89年に帰国。94年、文化功労者に選ばれた。99年に94歳で死去。代表作に芸術選奨文部大臣賞を得た「梔子(くちなし)」や「ブルゴーニュの麦畑」など。