安倍晋三元首相が街頭演説中に銃撃され死亡した事件は、22日で発生から2週間となり、捜査情報や関係者証言などから徐々に事件の背景が見えてきた。山上徹也容疑者(41)が長年、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みを一人で募らせ、攻撃対象を安倍氏に変更して、突き進んだ姿が浮かんでいる。
こうした組織にくみしない単独犯のテロは「ローンウルフ(一匹おおかみ)型」と呼ばれ、捜査当局が察知するのは困難とされる。欧米諸国で多発し国内でも京都アニメーション放火事件などが相次いでいる。
容疑者は長い間、孤独と孤立の中にいて自暴自棄になったようだ。どんな境遇にあっても、凶悪な一線を越えることは決して許されないし、個人の刑事責任は厳しく問われねばならないが、事件が語りかける社会の課題にも耳を傾けたい。それが「孤独・孤立」対策ではないか。
英国は犯罪につながる社会問題と捉え、2018年に世界初の孤独担当相を置いた。日本も21年に孤独・孤立対策担当相を設けている。新型コロナウイルス禍対策の面が強かったが、犯罪抑止の観点からも全力を挙げてもらいたい。
これまでの調べに、容疑者は旧統一教会について「20年以上前から恨んでいた」との趣旨の供述をしているという。1990年代に入会したとされる母親が、巨額の献金の末に破産した時期(2002年)と重なる。
伯父によると、母親は亡夫の死亡保険金や、親から相続した不動産を売却して得た資金などを教団に献金、総額は約1億円に上るとされる。
容疑者は経済的に大学に進学できず、海上自衛隊に入隊。05年に自殺未遂をし、海自の聞き取りに、旧統一教会が原因で家族関係が崩壊したとの説明をしたという。
教団側は家庭が経済的に破綻したことは把握しているとし、5千万円を返金したと説明したが、献金状況の詳細や母親入会の経緯などについては、明らかにしていない。
万一、教団側に違法行為があるなら、所管官庁などが厳正に対処しなければならないが、そうでなくても、教団が責任を持って自ら調査し、誠実に説明するべきだろう。
容疑者は05年に海自を退職し、数年前からは教団幹部を直接襲撃しようと考えたようだ。19年に韓鶴子(ハンハクチャ)総裁が愛知県での集会に出席するため、韓国から来日した際には「火炎瓶を持って行ったが、会場に入れなかった」と供述しているという。
安倍氏が昨秋、教団の友好団体のイベントに寄せたビデオメッセージを見て、矛先を元首相に向けたとみられる。銃や弾、火薬まで手作りしたとされ、自宅などの家宅捜索で製造の道具や材料などが押収された。
銃の材料は金属製の筒など建築資材などとして普通に売られている物だった。火薬の製造は法律で既に規制されているが、家庭用花火を分解しても入手できる。専門家の間では「規制強化で犯罪を抑止するのは限界がある」との指摘が根強い。
規制は対症療法に過ぎない。一人で悩みを抱える市民が犯罪に走ってしまう前に、孤独・孤立を解消し、社会が包み込むことが根本療法ではないか。
簡単ではないが本質的なことだ。政府を中心に、地域や職場など社会全体で取り組むほかない。