大宰府-。外交、国防の最前線として国境を管理した東アジアへの玄関口であり古代最大の地方行政機関でもあった。菅原道真が左遷された役所であり、元号「令和」にもゆかりがある。令和は長官の大伴旅人が催した「梅花の宴」を描写した万葉集から生まれた。どんな役割を果たしたのか。
福岡市から大宰府政庁跡に向かうと、途中に木で覆われた長さ約1・2キロ、高さ約10メートル、最大幅約80メートルの大規模な土塁がある。「水城」と呼ばれた城壁の跡だ。
663年、旧百済勢力の支援のためヤマト王権は朝鮮半島に大軍を派遣したが、白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗。侵攻を恐れて九州北部の防備...