2022年にノーベル文学賞を受賞したフランスの作家アニー・エルノー(1940~)が書き続けてきたのは、彼女自身について、そして家族についての物語。いま、適切な言葉が思い浮かばなくて仮に<物語>と呼んでおいたが、誤解を与えぬよう言い添えておけば、登場人物を動かして何らかのドラマを作り上げるようなたぐいのものではない。つまり一般的な意味での小説ではない。また、心にしみるエッセイといわれるような文章とも違っている。かといって、さまざまな証言者の言葉を集めて構成する伝記やノンフィクションとも異なる。一人称の<私>が、客観的な観察者として自分や父母を凝視している。作品が一から十まで現実そのままというわけではないにしても、作中の<私>がエルノー自身であり、実際あったことを基礎に、記憶の底から丹念にすくい上げて語っているとは考えてよいだろう。
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