世界的イリュージョニストのプリンセス天功が、20日放送のABEMAのバラエティ番組『しくじり先生俺みたいになるな!!』に出演し、規格外の人生を語った。“2代目引田天功”襲名の裏側や、想像を超える契約内容などが明かされた。
【写真】「人間が変わってしまった」番組に出演したプリンセス天功
後半戦の授業では、先生が“マジシャンアイドル・朝風まり”として活動していた時代の振り返りからスタート。後援会会長が佐川急便創業者・佐川清氏だったことや、歌手デビュー時に「佐川急便のトラックが200台、応援に駆けつけてくれた」など、早くも規格外なエピソードが飛び出した。
そんな中、1980年に“初代引田天功”が急逝。プリンセス天功先生は初代の後援会メンバー約30人に呼び出され、「君が2代目引田天功になりなさい」と告げられる。「自分の名前でデビューしたい」という思いから一度は断ったものの、強く迫られ、最終的に襲名を受け入れることに。
襲名にあたって、「親と縁を切りなさい」と言われたことを明かし、契約書には「親と縁を切る」「友だちを作らない」などと書かれていたことも告白しました。「『2代目引田天功を守っていく』という一大決心をしてしまったので、それを全うしなければいけない」という決意のもと、その契約をすべて受け入れたと語りました。
さらに、イリュージョン中の事故で大量の煙を吸い緊急搬送され、「全身の血液交換」を受けた過去にも言及。「血液交換をした途端に、人の言うことを聞かなくなった。人間が変わってしまった」と語り、その壮絶な経験に出演者たちは言葉を失った。
海外進出後はディズニー関連番組への出演や世界的な賞の受賞、バービー人形化など成功を収める一方、「年齢は常に24歳」「髪の色は黒」「日本人と結婚してはならない」など厳しい契約に縛られていたことも告白。金髪にしたことで数億円規模の訴訟問題に発展したエピソードも明かされた。
また、将来に向けて「18歳で卵子凍結をした」と語り、「5年後くらいに双子か三つ子が生まれたらいいな」と人生設計にも言及。数々の極端な選択と経験を重ねてきた天功の発言に、スタジオからは驚きの声が相次いだ。
命がけのパフォーマンスとともに歩んできた波瀾万丈の人生が次々と明かされ、そのスケールの大きさが際立つ内容となった。
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