信頼と共感を得られる政治が必要であり、そのために国民との丁寧な対話を大切にしていく―。岸田文雄首相は所信表明演説でそう述べた。対話する姿勢に乏しかった安倍、菅両政権との違いを感じさせたものの、両政権下で表面化した問題を正す気はないようだ。

 1年前、日本学術会議の会員候補6人の任命を菅義偉前首相が拒否した問題もその一つ。菅氏は「(同会議の)総合的、俯瞰(ふかん)的活動を確保する観点から判断した」と繰り返し、定員が満たされない状態を放置した。

 学術会議の梶田隆章会長は9月末の談話で「候補が任命されず、理由さえ説明されない状態が長期化していることは科学と政治との信頼醸成と対話を困難にする」と6人の任命を改めて求めた。

 これに対し岸田首相の国会答弁は「一連の手続きは終了したものと考えている」と、にべもない。それで信頼と共感が得られるのか。

 新型コロナウイルス感染症など社会課題の解決に科学が果たす役割は大きい。首相は6人を任命して事態を正常化し、唯一の科学者代表機関である学術会議が政治に助言するシステムの構築に取り組むべきだ。

 今年のノーベル物理学賞に決まった真鍋淑郎さんに科学的助言の在り方を尋ねたことがある。真鍋さん自身、米議会に地球温暖化を説明するなど助言に貢献してきた。

 米国では政府から独立した、科学者の代表機関であるアカデミーが社会のさまざまな問題を徹底的に議論し政府に報告する。「行政に都合の良い専門家だけでお手盛りの委員会をつくるよりも、長い目で見たら便利。日本にもそういう仕組みが必要ではないか」と真鍋さんは話していた。

 科学者の代表機関が政策形成に助言する国は多い。欧米では多くが民間組織だが、ほとんどは政府資金に支えられている。米国も政府から200億円を超える資金が入り、収入の8割を占める。

 といっても「金は出すが口は出さない」のがルールだ。不当な介入があると誤った政策が生まれる上に、科学に対する社会の信頼も失われ、政策形成の正当性が揺らぎかねないからだ。

 学術会議が政府機関でありながら、政府から独立して活動することを法律で保障されているのもそのためだ。1949年の発足時、当時の吉田茂首相も「そのときどきの政治的・行政的便宜のための掣肘(せいちゅう)(干渉)を受けることのないよう」高度の自主性が与えられていると明言した。

 政策は科学だけでなく、社会や政治、経済、倫理などさまざまな要素を考慮した上で決まる。科学的助言を取り入れなかった場合、理由を説明することも英国やドイツではルール化されている。

 日本では独立性に裏打ちされた、そのような科学的助言のシステムづくりが進まず、学術会議の機能が十分に発揮できていない。それは政府の新型コロナ対策に対する、社会の不信や不安を生む一因にもなっている。

 先進国にふさわしい助言システムの担い手は学術会議しかない。だが会員は210人と、科学者総数に対する割合が欧米に比べ非常に少ない。年10億円の予算も十分と言えず、会議の旅費にも事欠くのが実情だ。同会議の体制強化を早急に図るべきだ。