日本では7世紀後半になると、中央集権体制を目指すようになります。それまで各地の有力者に任せていた地方の統治を、中央の役人を派遣して行うようにしました。派遣された役人は「国司」と呼ばれ、出雲国、石見国、隠岐国といった「国」(令制...
いまどき島根の歴史◆214◇ 出雲と都を結ぶ道―古代山陰道― 情報、人、物 迅速に移動 〈是田 敦〉
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