直接の戦火が及んでいるわけではないものの、極めて深刻な事態だ。ロシアによるウクライナ侵攻に端を発した穀物の高騰が、経済構造が脆弱(ぜいじゃく)な新興国を危機に陥れている。市民生活に大きな打撃を受けたスリランカでは各地で抗議活動が激化し一時、非常事態宣言が発令された。
世界食糧計画(WFP)は2021年11月、43カ国4500万人が飢餓の瀬戸際にあるとしていたが、今年3月には「さらに数百万人に惨事がもたらされる」と警告した。3月の世界食料価格指数は2カ月連続で最高値を更新した。
ロシアとウクライナは世界屈指の穀倉地帯だ。世界の小麦輸出に占める割合は約3割、ひまわり油は約5割に上る。ウクライナは農作業ができる環境が失われた上、輸出拠点の港も閉ざされた。
輸入小麦に占めるロシア、ウクライナ産の割合が5割を超えるのは26カ国。アフリカ東部ソマリアは9割超に上る。エジプトは世界最大の小麦輸入国で、ロシアとウクライナから輸入が7割超を占めており、人口約1億人の3割が年収5万円以下の貧困層だ。食料不足、高騰はこうした社会的弱者を直撃する。必要な栄養が摂取できなければ病気への抵抗力が弱り命の危険にさらされる。特に高齢者や子どもたちが心配だ。
緊急事態だと認識しなければならない。ウクライナ情勢の収束を待っていては事態の悪化は防げず拡大を許してしまう。国際社会を挙げた支援を早急に進めるべきだ。先進7カ国(G7)は首脳会合で世界的な食料危機の予防・対応のために行動することを盛り込んだ声明を採択した。これをできるだけ早く具体化することを求めたい。
先進国の在庫を国際機関を通じて中東やアフリカに供給するなど、とにかく食べ物に事欠く人々に一刻も早く食料を届けなければならない。
安定供給に向けた新たな取り組みでは、各国の在庫や備蓄、生産見通しなどの情報を国際社会で共有し、必要の度合いに応じ円滑、迅速に融通し合うシステムの拡充・強化を目指したい。相場の乱高下につけ込む投機的な取引などにも目を光らせることが必要だ。
ロシアは自国の食料確保を優先するため輸出制限を強化しており、市場に出る同国産小麦の減少は避けられない。この穴をどう埋めるかも検討課題だ。ウクライナについては停戦後の農業支援の強化に向けた準備が必要だ。農地の復旧や道路や港湾など輸送インフラの整備に早急に取り組まなければならない。WFPや国連食糧農業機関(FAO)などの国際機関を中心に各国が人員、資金を出し合って再建を推進する構想を練っておきたい。
日本は小麦について9割を米国などからの輸入に依存しており、ロシア、ウクライナ産の影響は小さい。だが相場高騰でパン、麺類などが値上がりしている。
多少高くなっても品薄になっておらず、国民が不安を募らせるほどの切迫感はない。だが、中長期的には約37%と過去最低になっている食料自給率の向上に取り組まなければならない。国民生活を維持する上で基礎食料の確保は絶対条件だ。
国内での穀物生産の増大が重要になるが、米粉による小麦の代替などにも力を入れたい。コメの消費拡大も欠かせない。