司法が明快に指摘した通りだ。憲法が保障する、言論をはじめとする表現の自由は「民主主義社会を基礎付ける重要な権利」にほかならず、警察による安易な制限は決して許してはならない。

 2019年参院選での安倍晋三首相(当時)の街頭演説で、やじを飛ばした市民2人を北海道警が排除したことの是非が争われた訴訟の判決で、札幌地裁は「警察官の行為は表現の自由を侵害するもので違法」と断じ、道警側に損害賠償を命じた。

 北海道だけの問題ではない。当時は他の地方でも、演説する安倍氏にやじを飛ばした市民を警察官らが取り囲むなどの事例があったようだ。警察全体で真摯(しんし)に判決を受け止め、猛省すべきだ。それだけに早々に控訴した道警側の姿勢は、遺憾と言うほかない。

 判決によると、札幌市内での街頭演説に際し、2人は「安倍辞めろ」「増税反対」などとやじを飛ばし、警察官らに排除された。1人は声を上げ始めて10秒程度で腕などをつかまれ、移動させられた。もう1人は排除後も40~50分間、警察官につきまとわれた。

 判決は、やじについて「呼び捨てにするなど、いささか上品さに欠けるが、公共的・政治的事項に関する表現行為だ。特に重要であり、尊重されなければならない」と判断した。

 もちろん表現行為は全て許容されるわけではないが、この点についても「原告の表現行為は差別意識や憎悪などを誘発せず、犯罪を扇動するものでもない。演説を事実上不可能にさせるものでもなく、公共の福祉により制限がやむを得ないと解することはできない」とし「排除は暴力的なものだった」と認定した。

 ヘイトスピーチや選挙妨害などを念頭に、丁寧に判断したものであり、納得できる判示だ。

 道警側は、警察官は(1)人の生命、身体に危険が及ぶ恐れがあり、急を要する場合には避難させることができる(2)犯罪が行われようとしている場合には制止することができる―と規定する警察官職務執行法を根拠に適法性を主張した。

 これに対しては、当時の様子が撮影された動画を基に「原告と聴衆の間で騒然としたり、小競り合いが生じたりしたことはうかがえず、警職法の要件を満たさない」と指摘。「警察官は、原告らの表現行為が安倍氏の演説の場にそぐわないと判断したと推認せざるを得ない」とした。警察の意図に踏み込んだ判断と評価したい。

 安倍氏は17年東京都議選の選挙戦最終日、秋葉原での街頭演説で聴衆の「辞めろ」コールに色をなし「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言い返した。これが自民惨敗の一因とされた。以後、安倍氏側は街頭演説に神経質になり、同年の衆院選では一時、演説日程を非公表にした。警察はこうした状況に忖度(そんたく)警備をしたのではないか。

 警察法は警察活動について「日本国憲法の保障する個人の権利および自由の干渉にわたる等その権限を乱用することがあってはならない」と明記している。憲法と法律にのみ従うべきだ。

 言論という民主主義の防波堤は「アリの一穴」から崩れるかもしれない。その先にある言論統制社会の姿を、私たちはいまロシアに見ている。言論の制限に鈍感になってはいけない。