鳥取県伯耆町福岡でどぶろくを作って、販売する「どぶろく上代(かみだい)」の新社長に25歳の遠藤みさとさん(米子市出身)が内定した。メンバーの高齢化で存続の危機にあったが、若い女性社長の誕生で新たな風が吹きそう。遠藤さんに事業継承を決めた理由や今後の取り組みを聞いた。(Sデジ編集部・宍道香穂)
どぶろく上代は2009年に創業した。酒類の製造、販売を特別に認められた「どぶろく特区」の鳥取県伯耆町にあり、酒蔵のほど近くで育てる酒米「五百万石」を原料にどぶろくや甘酒を造っている。米子市の中心部から国道180号線を南下し、車で約30分走ると、どんどん緑が増えていく。上代がある福岡地区は、大山山ろくの日野町や江府町と隣接している。
▷精米度にこだわり すっきりとした味わい人気
上代の酒蔵は、廃校となった旧二部小学校のグラウンドにある。木造校舎の懐かしい雰囲気がそのまま残る旧校舎は、郷土料理を提供するレストラン「農家食堂 上代学校」として使われ、地元の食材や上代のどぶろくの魅力発信の場所になっている。(現在、食堂はコロナ禍で休業中)

どぶろくは、米や水、こうじを原料に造る。原料や製造方法は日本酒と良く似ているが、日本酒は最終工程で原液を「こす」作業があるのに対し、どぶろくはこさずに完成させる。完成したどぶろくは薄く濁った白色で、味はまろやかで米のうまみが伝わってくる。ほのかに炭酸を感じるのも特徴だ。
どぶろく上代の看板商品は「源流どぶろく上代」(720ml2200円、税込み)。一般的などぶろくの精米度が約30%であるのに対し、上代のどぶろくは約50%の精米度で製造する。どぶろくならではのまろやかさを残しながら、雑味がなくすっきりとした辛口に仕上げられている。爽やかな味わいのため食中酒としてもお薦めという。
甘酒(300ml550円、税込み)もどぶろくと同じ酒米を使い、50%の精米度で醸造している。米、こうじ、水のみを使い無添加、自然由来の材料にこだわって造る上代の甘酒は、米本来の甘みや深みのある味わいで「昔ながらの味わいが人気」という。

2013年には日本一のどぶろくを決める「全国どぶろくコンテスト」で最優秀賞を受賞するなど、県内外で高く評価されているが、酒造りに携わる杜氏(とうじ)や経営陣の高齢化で存続の危機に陥り、21年には会社を解散する方針が固まりつつあった。
遠藤さんの父はどぶろく上代の立ち上げに携わった。幼少期から酒米の田植えに参加するなど遠藤さんにとっても上代は身近な存在だったという。2021年、上代の株主でもある父の元に会社がたたまれるとの知らせが届いた。遠藤さんは「地元のいいものがなくなるのは嫌だ」と、事業の継承を決意し、次期社長に名乗りを上げた。
▷愛されている商品 守りたい
遠藤さんは「伯耆町内を中心に認知度が高く、多くの人たちに愛されている商品だと感じていた。こんなに応援されている商品や会社がなくなるなんてもったいないと思った」と、決意した理由を話してくれた。

遠藤さんは高校卒業後、関西の大学に進学して経営を学び、卒業後は大阪のコンサルティング会社に入社した。遠藤さんは「経済の流れが速い場所でもまれてから、いずれは地元に戻りたいと思っていた」と言い、2021年9月、鳥取県へUターンした。鳥取へ戻ってからは、英語学習施設のスタッフとして活動。新型コロナウイルスの流行で活動が滞る中、上代が事業をたたむ予定だと知ったという。
現在は経営の現状把握や酒造りの勉強、今後の方針の策定など本格始動に向けて準備を重ねる日々だ。6月1日の事業継承、代替わりを経て、24歳から86歳まで11人のメンバーで、新たなどぶろく上代を始動させている。近く開かれる株主総会を経て、遠藤さんは新社長に就任する予定。
これまで酒造りは80代の杜氏(とうじ)が1人で担っていたが、遠藤さんが知人の請川(うけがわ)雄哉(ゆうや)さん(26)に打診し、請川さんは上代の酒造りを引き継ぐことを決めた。現在、請川さんは杜氏から手ほどきを受けながら酒造りを学び、経営は遠藤さん、酒造りは請川さんを中心とした新体制で奮闘している。

遠藤さんは「田舎は何もないから」と県外に出る若者が多い現状を変えたいと言い、「自然が豊かで、ビジネスのチャンスもたくさんある。地方が持つ可能性を多くの人に伝えたい」と話した。両親が経営するコンサル会社を通じて、地元で奮闘する企業を間近に見てきたことも、地方に可能性を感じたきっかけのひとつだった。
遠藤さんは大学やかつて勤務したコンサル会社で得た知見を生かし、地元を盛り上げたいと意気込む。商品のコンセプトやターゲットの設定、デザイン、ホームページの充実など、どぶろくを販売する上で改善したい部分がたくさんあるという。遠藤さんは「デジタル化にも力を入れたい。通販で販売できるようになれば、遠くに住む人にも商品を味わってもらえるし、事務的な手続きをデジタル化すれば、もっと効率的に業務を進められる」と、今後の展望を話した。
新卒で入社した会社を5カ月で退職することになった遠藤さんは「いずれは鳥取に帰りたいと思っていたが、想像よりも早かった」と笑う。一方で「若さは武器だと思っている。こうあるべきだ、という型にはまるのではなく、自分らしさを大切にしたい」と力強く話した。心からやりたいと思うことに打ち込み、自分の人生を切り開く遠藤さん。新たな「どぶろく上代」の挑戦が楽しみだ。