新型コロナウイルス感染拡大の影響で、飲食店で気軽にお酒を楽しむことが難しくなってしまった。冬は日本酒の新酒の仕込みが行われる季節。山陰両県には伝統の製法を守って酒造りに取り組む酒蔵が多く残る。日本酒の味わい方や地酒の魅力を知っておくと、飲食店が通常営業を再開した際、地酒をより深く楽しめるはず。創業140年の蔵元・李白酒造(松江市石橋町)の田中裕一郎社長(41)に地酒の楽しみ方やお薦めの飲み方を聞いた。(Sデジ編集部・宍道香穂)

▷新酒のシーズン 活気あふれる酒蔵
李白酒造では毎年12月から3月にかけて、新酒を販売している。新酒は絞りたての酒を熟成させず瓶詰めしているため、爽やかでフレッシュな味わいが魅力。新酒造りがピークを迎えた酒蔵を見学した。
酒蔵に入ると、芳醇(ほうじゅん)な香りが広がり、職人たちが作業に精を出していた。布に包まれた酒米が蒸し器から出されたり、タンクに入った新酒のもとがかき混ぜられたりといった様子は、想像以上に迫力がある。
作業場のあちこちには、数字を細かく書き込んだ表が貼られていた。米に水を含ませる際の水分量や蒸す時間の長さ、こうじを作る時の温度や湿度など、これまでの製造データを記録し、参考にしながら作業しているという。データを確認しながら次の作業について話し合ったり、「良い香りが出ているね」と声を掛け合ったりと、酒造りに励む職人の活気を感じた。

▷同じ酒で何通りもの味わい
日本酒に一番合う食べ物は何なのか。田中社長に聞くと「刺身や白身魚など、さっぱりしたものが合う」とのこと。日本酒には魚の臭みを消す効果があり、魚をおいしく食べたい人にはぴったりのお酒。また、すっきりとした味わいの日本酒はどんな料理にも合いやすいという。組み合わせに悩むことなく、食べたいものと一緒に自分の好きな日本酒を楽しめるのがうれしい。
日本酒は温度によって味わいが変わり、代表的な飲み方は5~15℃に冷やした「冷酒」、常温の「冷や」、50℃前後の「熱かん」などがある。日本酒は冷たいほどすっきりと飲みやすい味わいになり、温めるとまろやかさや米のうまみを感じられる。甘みやまろやかさが特徴の酒は少し温める、すっきりとした飲み口の酒は冷やすなど、それぞれの酒の味の違いによって温度を調節することが、おいしく飲むポイントという。
田中社長は「例えば新酒はさっぱりとした味が特徴で、冷やして飲むことで、本来のすっきりとした味わいを楽しめる」とアドバイス。さまざまな温度で飲み比べて「このお酒はこの温度にするとおいしい」と、お気に入りの組み合わせを見つけるのも楽しそう。

同じ酒を違う温度で飲み比べるのも、楽しみ方の一つ。田中社長は「お酒の辛みが苦手だと感じた場合、少し温めることでうまみ成分が出て、まろやかな口当たりになり、飲みやすくなる」と話した。なるほど、「辛くて飲めない」「なんとなく飲みにくいから苦手」と諦める前に、温めたり冷やしたりしてみると、自分の好みに合い、おいしく感じられるかもしれない。
温度のほか、器によっても味わいが変わるという。例えば飲み口が広い器は、飲み口が狭いものに比べて、注いだ日本酒の表面積が大きくなり香りを感じやすい。豊かな香りを楽しみたい人は飲み口が広い器を、すっきりと飲む方が好きな人は飲み口が狭い器を選ぶと良い。
田中社長は「温めた日本酒を飲む時、飲み口が狭い器に入れると湯気がこもり、むせやすくなる。飲み口が広い器を選ぶのがお薦め」とし、「温めたり、冷やしたり、器を変えたりすることで、1本のお酒を深掘りすることができる」と、日本酒の奥深さを話した。同じお酒で何通りもの味わいを楽しめるのは、日本酒の大きな魅力だと感じた。

▷島根県の地酒 魅力は「バリエーションの豊かさ」
島根県には28の酒蔵があり、多くの地酒を楽しむことができる。島根県酒造組合の理事も務める田中社長は「その土地の気候風土や食べ物に合う味になっているのが地酒の特徴。島根県は東西に長く、出雲地方、石見地方、隠岐地方で気候風土や文化が異なるため、一つの県の中でバリエーション豊かな日本酒を楽しめる」と、島根県の地酒の魅力について解説した。
田中社長は「蔵のコンセプトや職人の技術、立地などにより、同じ地域でも酒蔵ごとに味の特徴がある」話す。例えば李白酒造は「門戸を広げ、より多くの人においしい日本酒に出会ってもらいたい」との理念に基づき、どんな料理にも合うよう、米のうまみを生かしながら、くせがなく飲みやすい日本酒を生み出している。

しばらくは遠出を自粛する状況が続きそうだが、旅行先で食事をする際に地酒も一緒に味わうのも楽しみ方の一つ。地元のお酒との違いや、その土地ならではの料理との相性の良さを楽しめる。まずは地元のお酒を楽しみ、魅力を知っておくと、旅行に出かけた際、味の違いを感じられたり、旅先で出会った人に地元のお酒を紹介したりと、世界が広がりそうだ。
▷多くの人が安心して飲める日本酒を
李白酒造は日本国内にとどまらず、アメリカや香港、フランスなど世界各地に販路を広げている。

おいしい日本酒を安定して供給するため、使用する酒米は「山田錦」や「五百万石」。日本酒製造に適した米として広く供給され、原材料不足で酒を造ることができなくなるリスクを回避する。
製造時に水分量や温度、米を蒸す時間などを全て記録し、データ化することで、製造に携わる誰もが品質の高い日本酒を造れるようにしている。
酒造業界では、職人の高齢化や後継者不足が課題。田中社長は「従来は、何十年も酒造りに携わったベテランが米の硬さや発酵度合いを確認し、水分量や蒸し加減、温度などを指示していた。製造過程をデータ化することで、“この人がいないと酒を造ることができない”といった事態を回避でき、おいしいお酒を造り続けることができる」とデータ活用の利点を説明した。一方で「数字を基準にしすぎると、”なぜこの水分量が適正なのか””なぜこの温度にするのか”といった理由を深く考える機会が減り、酒造りについて根本的に理解するのが難しくなる」と、データ化の課題も見据える。

田中社長は「気づいたら1本飲み干していた、飲み会でほかのお酒と一緒に頼んでも最初になくなる、といった、多くの人が安心して飲める酒を提供したい」と話した。かつては日本酒というと「悪酔いする酒」「酒好きがグビグビと飲んでいる酒」といったネガティブなイメージを持つ人が多かったが、若い旅行客が地酒の飲み比べを楽しんでいる光景を見るなど、日本酒に対するイメージが変化していることを感じ「新たな可能性を感じる」という。日本酒の魅力を知った若者や海外の人の間で人気が高まり、「日本酒ブーム」が起きる日も近いかもしれない。丁寧に日本酒が造られる酒蔵を見て、コロナ後にはぜひブームが来てほしいと思った。

【メモ】日本酒の製造方法による種類の違いと味の特徴
日本酒は原材料の米を発酵させて造る。米と米こうじ、水から作られる日本酒を「純米酒」といい、使用する米のうまみや香りをより強く感じられるのが特徴。米を精米する際、削らずに残った部分の割合(精米歩合)が高い順から、純米酒、純米吟醸、大吟醸と分けられる。精米歩合が高いほど、米本来の味が残ったコクのある味わいになり、精米歩合が低いほどキレのあるフルーティーな味わいになる。米と米こうじ、水のほか、醸造用アルコールを加えたものを「本醸造酒」や「吟醸酒」と呼ぶ。

日本酒造りでは、精米、洗米した後、蒸した米に種こうじをかけてこうじを作り、「酒母」と呼ばれる酵母を作る。酒母と水、蒸した米を混ぜて、タンクやおけに入れて発酵させる。発酵させたものを絞り、加熱処理と貯蔵を行って日本酒が完成する。加熱と貯蔵をせずに瓶詰めする「生酒」は、みずみずしく爽やかな味わいが特徴。