エド・シーランのニューアルバム「―(サブトラクト)」が5月に出た。前作から1年半ぶりの6作目。フォークにロック、R&B、ダンス、ヒップホップとさまざまな音楽を聞かせてくれる才能あふれるアーティストだから、どんな方向に進んでもつまらない作品はないだろう― そんな予想を裏切ることもなく、聞きごたえ十分の作品を届けてくれた。方向性はといえば、内省的なバラード中心の落ち着いたアコースティック路線。シンガー・ソングライターとしての力を改めて示す1枚だ。
2011年のデビューアルバムが「+(プラス)」、14年のセカンドが「×(マルティプライ)」、17年のサードが「÷(ディバイド)」、コラボ曲を集めたアルバムを挟んで21年に出た5枚目が「=(イコールズ)」と、数学の記号をタイトルにしたアルバムを発表してきた。今作は、最後に残った「引き算」記号を冠したことと関連があるかどうかは分からないけれど、過度なアレンジなど余分なものを引き算していって、純粋に楽曲の魅力を聞かせるアルバムという印象だ。
 
購入したCDは18曲入りの欧米のデラックス盤(日本盤は19曲入り)。普通これぐらい多くの曲数があると、「無理に入れなくてもよかったのに・・・」などと思ってしまう曲が1曲や2曲はあるものだけど、このアルバムには一つもない。これまでのアルバムと比べれば全体として地味で、悲しげな曲が多いが、聴けば聴くほどに一つ一つの曲のメロディーの良さに気付かされる。
歌詞の日本語訳を見ながら聴き直してみると、本人が経験した苦悩とそこから生まれたさまざまな思いがにじむ歌詞と美しいメロディーが相まって、さらに心を動かされる。2022年、彼はかなりつらい状況にあったという。第2子を身ごもった妻のチェリー・シーボーンさんにがんが見つかり、出産するまでは手術ができない状況に置かれた(その後、無事に出産し、手術を受けた)。音楽仲間で親友のジャマル・エドワーズさんが31歳で急死するという悲劇も起きた。そうした経験を経て出来上がった曲の数々がこのアルバムには収められている。
友を亡くした悲しみ、最愛の妻と幸せな家庭を失うかもしれないという不安、そうした人々への愛、苦難の中で見いだす希望・・・。リアルな心情が切々と歌われる。「ボーダーライン」はストレートに「悲しみ」をテーマにした曲。一方の足は暗闇の中に、他方は外にあってボーダーライン(境界線)で身動きが取れず、どちらに行けばいいのかと自問する。裏声のボーカルが切なさを際立たせる。「カラーブラインド」は愛し合う2人をさまざまな色に絡めて描く穏やかなバラード。「シンキング・アウト・ラウド」や「パーフェクト」のような人気のラブソングになりそうな曲だ。アップテンポで明るい雰囲気の曲「タフェスト」は「キャッスル・オン・ザ・ヒル」を思い起こさせる。タイトルは「強い」を意味するタフの最上級。医師からがんの宣告を受けた場面を振り返りながら「君は一番強い(タフェスト)」「僕が知らない強さを見せる」「愛の力で切り抜けられる」と前を向く。
今回のアルバムでは、親しいテイラー・スウィフトから紹介されて曲作りやプロデュースでタッグを組んだアーロン・デスナー(ザ・ナショナル)が重要な役割を果たしているという。確かに、静謐(せいひつ)で、聴くたびごとにじわじわと味が出てくる作品の雰囲気は、テイラー・スウィフトがアーロン・デスナーとコラボして20年に発表した2枚のアルバム「フォークロア」「エヴァーモア」と共通している。
ビートルズの歌をテーマにした19年の英国映画「イエスタデイ」にエド・シーランが本人役で出演したことを思い出す。映画の中で繰り広げられた楽曲対決ではビートルズの曲にかなわなかったけれど、この先、英国を代表するポール・マッカートニーやエルトン・ジョンと肩を並べるくらいのメロディーメーカーになるのではないだろうか。今作に耳を傾けながら改めて思った。(洋)






 
  






