8月に公開される、着せ替え人形の実写映画「バービー」の予告編を見ていたら、マーゴット・ロビー演じるバービーが、インディゴ・ガールズの「クローサー・トゥ・ファイン」を歌う場面が出てきた。1989年発表のこの歌をこよなく愛する者としては、2023年の今になって最も縁遠そうなファンタジー映画の挿入歌になったことに驚きつつ、うれしくなった。
インディゴ・ガールズはエイミー・レイとエミリー・セイリアーズの米ジョージア州出身の女性フォーク・デュオ。「クローサー・トゥ・ファイン」は今も現役の2人組の記念すべきメジャー・デビュー曲だ。
軽やかな親しみやすいメロディーにアコースティックギターの響きが印象的な弾き語りの歌。エミリーのしっとりとした歌声にエイミーの力強い歌声が重なり美しいハーモニーを生む。ゲスト参加のホットハウス・フラワーズの面々のティンホイッスルやコーラスが加わって郷愁を帯びる後半はもう涙が出そうになる。
このシンプルなフォークソングが80年代末にはものすごく新鮮で、一聴して好きになった。「人生そんなに深刻に考えないように」「決定的なものを追い求めなくなるにつれ、だんだん良くなっていく(クローサー・トゥ・ファイン)」。バブル景気下の売り手市場にもかかわらず、進むべき道が見通せずにうつうつしていた就職活動中の自分には歌詞も心に響いた。
いつ聴いても、あの頃のようにみずみずしい。いい歌だなあと、そのたびに思う。
この歌の入ったメジャー・デビューアルバム「インディゴ・ガールズ」も出色の作品。ホットハウス・フラワーズのほかに、R.E.M.がゲスト参加していて、バンドのフロントマンであるマイケル・スタイプがバックボーカルを担う歌もある。そう聞くと、ただならぬデビュー作ではないかと思う人もいるかもしれない。期待を裏切らないこと請け合いだ。

デュオには一方が曲を作り(ソングライター)、他方が歌う(シンガー)という役割分担型もあるが、インディゴ・ガールズは、独立した2人のシンガー・ソングライターの集合体。それぞれが自作曲でリードボーカルを取り、相方がハモるスタイルを取る。ロック色が強いエイミー・レイの歌はバンドサウンドを志向し、フォーク色の濃いエミリー・セイリアーズの歌はアコースティックな雰囲気を醸し出す。アルバムには2人の歌がバランス良く収まり、インディゴ・ガールズとしての独自性を生み出している。

このスタイルで30年以上変わらず活動を続け、2020年にはスタジオ録音アルバムとして15作目の「ルック・ロング」をリリースした。もうすぐ還暦の2人だが、この夏も米国で精力的にライブツアーを展開している。
そんな彼女たちの代表曲の一つが「クローサー・トゥ・ファイン」であり、ライブアルバムを聴くと、さびでは会場が大合唱して大盛り上がりとなっているのが伝わってくる。それくらい米国では親しまれている歌なのだろう。映画に使われるのも本国では驚くような話ではないのかもしれない。
「バービー」予告編は、オープンカーの運転席でマーゴット・ロビーのバービーがこの歌のさびを口ずさんでいると、後部座席からライアン・ゴズリング扮(ふん)するケン(というらしい)が姿を現して一緒に歌い出し、双方が顔を見合わせびっくり仰天という、よく分からないシーン。詳しい状況はお盆前に公開される本編で確認するとして、当面の興味は7月下旬発売予定の映画のサウンドトラック「バービー・ザ・アルバム」に「クローサー・トゥ・ファイン」が収録されるか否かということ。
この映画、予告編で流れるデュア・リパをはじめ、リゾやチャーリーXCX、エイバ・マックスなど今を時めく若手女性ポップ歌手の歌が数多く使われていることが、サウンドトラックの曲目リストから分かる。「クローサー・トゥ・ファイン」はリストになく残念だが、明らかにタイプの異なる歌だから、納得するところもある。ただ、16曲のリスト中、2曲は「未定」、米国盤では「TBA(to be announcedの略で、追ってお知らせしますの意味)」と記されていて、望みがないわけではない。ここにはまるかどうか…。ほとんどの人にはどうでもいいことが、気になっている。(洋)