覚醒剤や大麻といった薬物を1回以上使ったことがある人は、全国で216万人に上るとされる。違法薬物の流通は深刻な社会問題だ。甘い誘いや好奇心など”心の隙間”に入り込み、気付かぬうちに抜け出せなくなってしまう。

 新聞は原則、実名報道だが、匿名でなければ語れない背景や事情を持つ人がいる。その声から社会の断面を見る「顔なき…声」。今回は薬物依存症を経験し、現在は山陰両県内で暮らしながら、「離脱」に向けてプログラムに励む60代男性の姿を追う。10代で非行に走り、薬物を日常的に摂取した男性が壮絶な経験を経て今、思うことは…。(5回続き)

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 顔の前で指をゆっくり左右に動かすと、一枚一枚の「こま送りアニメ」のような残像として見え、目の焦点が合わなくなる。脳内化学物質の「ドーパミン」が多量に分泌され、俗に”ラリっている”と言われる覚醒剤使用時の状態だ。

 覚醒剤は注射器を使って血管へ覚醒剤を打ち込む。濃度が強すぎると異常なほど感覚が鋭敏になった。依存の典型的症状は幻聴や幻覚。「俺の場合は当時聞いていた○○○○(有名ロック歌手)だったっすね」。そんな状態になっても「依存症なわけがない」と思い続けていた。

 人生の多くの時間を暴力団員として過ごした。不自由そうな歩き方で部屋に入り、ゆっくりと椅子に腰かける。小指の先はない。時折、ろれつが回らない中、とつとつと半生を語り始めた。

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 生まれは北海道で、小学低学年の時に両親が離婚した。不倫相手の女性と再婚した父親の元で過ごしたが、...