ライバルに続々と9秒台を先に出され、相次ぐ故障にも見舞われた。陸上男子100メートルの山県亮太(28)=セイコー=は雌伏の時を経て、悲願の「10秒の壁」を破っただけにとどまらず、一気に日本最速の称号まで手にした。開幕の迫る東京五輪へ弾みをつけた。
10日で29歳を迎えるスプリンター。快挙に至る道は険しかった。日本人初の9秒台突入は2017年、桐生祥秀(日本生命)に先を越された。山県も負けじと10秒00で2度走ったが及ばず、後輩のサニブラウン・ハキーム(タンブルウィードTC)と小池祐貴(住友電工)が9秒台を出した19年は気胸や右脚の違和感に苦しみ、昨年も右膝などを痛めた。「もう続けられないかも」と落ち込むこともあった。
山県は基本的に専属のコーチをつけず走りを磨いてきた。しかし、殻を破るために「何か新しいやり方に取り組まないと、またけがをする」と考えを変えた。転機は今年2月上旬。母校の慶応大で短距離を指導し、女子100メートル障害の日本記録を持つ寺田明日香(ジャパンクリエイト)らも教える高野大樹氏に連絡。「お力を借りたい」とコーチを依頼した。
練習メニューのベースを自ら考えるスタイルを維持しつつ、高野コーチの助言で、右脚のけがの原因となり得る股関節の動きを改善するトレーニングも取り入れた。今季は大きな故障もなく、山県は「視点が増えたのはすごく大きい」と実感する。「俺でいいのかな」と引き受けた高野コーチは記録達成に「けがなく練習できた成果。うれしい。本当に良かった」と涙顔に笑みを浮かべた。
新型コロナウイルス禍で東京五輪は1年延期に。昨夏開催だったら日本代表入りは厳しい状況だった。12年ロンドン、16年リオデジャネイロ五輪は準決勝に進出。完全復活を果たした実力者は、日本で迎える3度目の大舞台で決勝進出を狙う。