ノーベル生理学・医学賞に決まり、米ペンシルベニア大で記者会見するカタリン・カリコ氏(左)とドリュー・ワイスマン氏=2日、フィラデルフィア(ロイター=共同)
ノーベル生理学・医学賞に決まり、米ペンシルベニア大で記者会見するカタリン・カリコ氏(左)とドリュー・ワイスマン氏=2日、フィラデルフィア(ロイター=共同)

 今年のノーベル生理学・医学賞は、新型コロナウイルスのワクチン開発に重要な貢献をした米ペンシルベニア大のカタリン・カリコ特任教授ら2人に授与されることになった。ウイルスの出現から1年足らずという極めて短期間で実用化できた背景には、2人の業績を含む長い基礎研究の積み重ねがある。

 2人の研究を基に開発されたのはメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン。ウイルスのタンパク質の「設計図」に当たるmRNAを体内に送り込み同じタンパク質を作らせ、体の防御機能である免疫を駆動させるという新しいタイプで、新型コロナ流行を受け、初めて実用化された。

 従来のワクチンには、病原性を弱めたウイルスを使う「生ワクチン」や、薬品で処理して感染力をなくしたウイルスを使う「不活化ワクチン」などがある。しかし、どれも開発には何年もの時間がかかる。

 一方、新型コロナワクチンに使われたmRNAは「塩基」という4種類の部品が連なったひも状の分子で、ウイルスの遺伝情報を読み取れば、酵素を使って簡単に合成できる。実際、実用化に成功した米モデルナは必要な遺伝情報をそろえると、40日余りで治験用ワクチンを作り上げた。

 ただ、そこに至る道は平たんではなかった。

 mRNAは、細胞の核にあるDNAの遺伝情報をコピーして核の外でタンパク質を作らせる「伝令役」。役目を果たせばすぐに分解される。不安定で壊れやすいmRNAを、どうすれば酵素による分解や免疫の攻撃をかわして細胞内に送り込めるのか。その難問を解いたのが2人の研究だった。

 カリコさんはハンガリーの大学院生だった1978年以来、RNA一筋に研究。もう一人の受賞者でペンシルベニア大の同僚、ドリュー・ワイスマンさんと共同研究を進め、mRNAの一部を改変すると免疫の攻撃をかわせることを見つけ、2005年に発表した。

 こうした基礎研究に後押しされる形で、ドイツ・マインツ大の研究者が08年に設立した新興企業(スタートアップ)のビオンテックは、がんのmRNAワクチン開発に取り組む。同社が新型コロナワクチン開発にすぐ着手できたのは、その土台があったからだ。地道な基礎研究の重要性を見事に示した事例と言える。

 海外では、がん以外にもエイズウイルス(HIV)などに対するmRNAワクチンの開発が進められており、免疫など生物学の深い知識を持つ博士号取得者を数多く抱える新興企業が、担い手として活躍している。

 日本ではコロナ禍で顕在化したワクチン開発の遅れを取り戻そうと、政府が「世界トップレベルの研究開発拠点形成」を進めるが、出遅れ感は否めない。

 米国の成功事例にならって、1999年に政府が始めた新興企業育成策は、米国の制度と違って研究開発型の支援ではなかったため、目立った成果が出ていない。国立大の研究環境が悪化するのを放置したことで博士を目指す若者も減り、研究力の低下が止まらない。

 すぐに役立つことばかりを優先し、「選択と集中」に偏った政策の失敗が原因であることは明らかだ。「無」から「有」を生み出す基礎研究に伸び伸びと取り組める環境を日本全体で増やす方向に政策転換すべきだ。