中井養三郎が寄進した玉垣が残る水祖神社を見学する参加者
中井養三郎が寄進した玉垣が残る水祖神社を見学する参加者

 隠岐の島民の生活に深く関わってきた歴史がありながら、韓国に不法占拠されている竹島(隠岐の島町、韓国名・独島(トクト))について、隠岐の島町内のゆかりの地を巡るバスツアーが21日、初めて開催された。小学生から70代までの地元住民23人が専門家の解説を通じて理解を深めた。 (森山郷雄)

 竹島漁労の拠点だった旧五箇村の久見はもとより、島後全体の暮らしに竹島が深く関わっていたことを知ってもらうのがツアーの狙い。町竹島対策室が近年の調査成果の紹介も含めて開催した。

 一行は、町竹島調査研究特別顧問を務める舩杉力修(りきのぶ)・島根大准教授のガイドで、竹島の漁労に関わる資料が展示されている久見竹島歴史館を見学したほか、西郷、都万両地区も回った。

 竹島周辺でアシカ猟を営んだ中井養三郎(1864~1934年)らの「竹島漁猟合資会社」があった同町港町の八尾川沿いを散策。水祖(みおや)神社に残る中井が寄進した玉垣を見たほか、近くに中井の事業を支えた海産物会社があった歴史を学んだ。

 また、明治時代からアシカ猟が行われた白島海岸(隠岐の島町西村)、江戸時代に竹島の北西に位置する韓国・鬱陵島(ウルルンド)を目指した船頭が、海の様子に目を凝らした日和(ひより)山(同町北方)を訪問。大正時代に同町津戸の住民が竹島へ漁に出向いた話にも耳を傾けた。

 同町西町の池田直子さん(73)は「都万地区と竹島の関わりなど初めて知った話がたくさんあった。これからも、勉強を続けたい」と話した。