山本 浩氏
山本 浩氏
山本 浩氏

 山陰中央新報社の石見政経懇話会、石西懇話会の定例会が21、22の両日、浜田、益田両市であった。法政大教授で元NHKアナウンサーの山本浩氏(68)が「オリンピックに学ぶ」と題し、起源などの歴史や、メダルに挑んだ選手の舞台裏を明かした。要旨は次の通り。

 初めての近代オリンピックは1896年だったが、それ以前にも「オリンピック」という名前が知られていた。50年にはイギリスでオリンピア競技祭が行われ、59年にはアテネでギリシャ人が「オリンピック」という名のお祭りをし、徒競走や円盤投げ、レスリングなどをやった。65年にはイギリスオリンピア協会という組織ができた。

 現在は順位やタイムを機械で計るが、以前は、順位の見極めは人が担っていた。1936年ベルリン五輪100メートル決勝の写真を見ると、計測するのに9人が並んで座っている。一つのコースを3人で計測した。逆側にも9人いて計18人の男たちがストップウオッチを一斉に押す。3人のうち2人が重なっている場合はそのまま記録となり、違った場合は3人の平均が記録になっていた。順位だけを確認する人もいた。

 オリンピックは融通が利かない状況で、どう判断して行動するかで、結果が違ってくる。

 ロンドン(2012年)の体操男子団体で日本は久々の金メダルを期待されたが、銀メダルだった。本番と同じ器具で調整したが、メダルラッシュとはならなかった。体育館の床の素材が違っていたのだ。

 次のリオデジャネイロ(16年)は反省を生かして会場でトレーニングすることを決めた。手の内を見せないことよりも会場に慣れることを優先し金メダルに輝いた。その土地の気候、人、道具などの状況に合わせて、過去の経験をどう生かすか、自らが持つ応用力や対応が重要だ。(陶山貴史)