人間の身体能力や認知能力を、人工知能(AI)などのテクノロジーで補ったり増強したりすることを「人間拡張」という。さまざまな不自由を解消し、人間の可能性を劇的に広げることが期待されるが、実際に機器を使いこなすのは簡単ではない。どうしたら機器との一体感を高められるのか、機器の力を借りながら違和感なく生活できるのか、研究の最前線で模索が始まっている。
▼運搬を支援
広い意味では眼鏡や補聴器、義手や義足、あるいは車いすや自転車なども人間拡張の道具と言える。だが、近年注目されている人間拡張は、コンピューターやAI、ロボット工学などを組み合わせた最先端の技術だ。
代表的なのは実用化の事例が相次いでいる「パワーアシストスーツ」。重いものを運搬する際、腰や腕への負担を軽減する目的で開発され、物流や農業、介護の現場で活用されている。開発の背景には、少子高齢化による人手不足もある。
問題は、機器を利用する人にいかに違和感を覚えさせないかだ。どんなに便利な機器でも、装着に煩わしさを感じてしまっては長く使い続けることができない。
▼自意識担保
「日常生活で起こりえない情報や環境にさらされたとき、人は適応、進化することに気付いた」と話すのは、ソニーコンピュータサイエンス研究所(東京)の笠原俊一研究員(37)。人間拡張の分野で活躍する若手研究者の一人だ。
人が身を隠せるついたてを何枚も置いた約5メートル四方のスペース。頭部にゴーグル型の端末を装着した男女4人が鬼ごっこをしている。端末の画面は4分割され、自身と他の3人それぞれの目線で撮影したカメラ映像が表示されている。
初めはどう動いたら良いのか戸惑っていた人たちも、やがて他の人の目線をうまく利用して鬼から逃げたり、捕まえたりできるようになった。
視覚や触覚などの刺激により、人の能力はどう変わっていくのか。腕に装着した機器の電気刺激で体を素早く動かす実験では、自分自身がしたことなのか、機器にさせられたことなのか、被験者に混乱が生じていることが分かった。「どうすれば自分でやったという『自意識』を担保できるのかは重要な課題だ」と笠原さんは話す。
例えば、AIと手動を組み合わせる車の自動運転。「自分が運転しているという意識が残らないと面白みがなくなり、車に乗りたいと思わなくなるかもしれない。事故の際に責任問題が生じる恐れもある」と指摘する。
▼人に寄り添う
「人間拡張とは、ロボットやコンピューターの力で一時的な〝超人〟を生み出すことではない」と、産業技術総合研究所人間拡張研究センターの持丸正明研究センター長(57)は解説する。
大切なのは機器と長く付き合えること。継続的に使えば身体能力が維持され、脳の活動も高まると持丸さんは考える。年を重ねても若い頃と同じように動ければ、医療や介護の費用低減も期待できる。そのためには違和感の無い、人に寄り添うシステムであることが重要だと強調する。
スマートフォンや身に着けて使う「ウエアラブル端末」の普及で、高性能機器が身近にある生活は当たり前になったが、今後はさらに人と機械の連携が密になる。人を幸せにする人間拡張の技術が求められている。