新型コロナウイルスの感染再拡大で首都圏、北海道と相次いで会場が無観客となる東京五輪は、開会式に先駆けて競技が始まる東日本大震災と原発事故の被災地福島も一転、無観客開催が決まった。大会招致のため利用された「復興五輪」の理念はコロナ禍でかすみ、甚大な被害が出た岩手、宮城を含む3県では海外選手との交流や関連イベントが次々と中止に。被災地の今を世界に直接伝えようと意気込んでいた人々に落胆が広がっている。
2013年9月、ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会。招致演説に臨んだ安倍晋三首相(当時)は、東京電力福島第1原発の汚染水漏れに「状況は統御(アンダーコントロール)されています」と安全を約束した。それから8年。福島県では今なお約3万5千人が県内外で避難生活を送り、第1原発では汚染水が生まれ続け、その処理に追われている。
開催何のため
第1原発から約60キロ離れた福島市で行われるソフトボール・野球計7試合は10日、無観客開催が決まった。福島県浪江町から同市に避難する今野寿美雄さん(57)は「復興五輪でもなければ、コロナに打ち勝つ五輪でもなくなった。一体何のために開催するのか」と話した。
JR福島駅周辺でのパブリックビューイングと「おもてなしイベント」はいずれも中止に。震災のパネル展示や県産農作物の販売、第1原発が立地する双葉町の「東日本大震災・原子力災害伝承館」から語り部を招く計画も幻となった。
昨年の大会延期前には1日当たり6千人の人出を見込み、風評被害払拭(ふっしょく)につながると期待していた。五輪関連行事に計上していた福島市の予算計約9500万円の一部は、設営業者などへのキャンセル料に充てられる。
支援のお礼を
21日からサッカー10試合を予定する宮城県。会場の「宮城スタジアム」(利府町)が有観客と決まった8日以降、県庁には「人の流れが増える」「無観客を申し入れるべきだ」など、苦情の電話やメールが多数寄せられる事態となった。
「震災時の支援へのお礼を伝えたかった」。県の都市ボランティアに語り部として参加予定の倉橋誠司さん(58)=同県南三陸町=は複雑な思いでいる。海外生活で身に付けた英語やイタリア語を生かし、訪日外国人に「被災地の今」を伝える予定だった。
県独自に設けた都市ボランティアの語り部には当初、約80人の応募があったが、大会延期などを受けて30人程度に。倉橋さんは大会期間中、仙台駅周辺で悲劇を乗り越えた人々の姿や備えの大切さなどを説くつもりだ。「理念は薄まったかもしれないが、震災を忘れてはいけない」
政府創設の「復興ありがとうホストタウン」に登録する岩手、宮城、福島の計32市町村の多くで、住民との交流事業や、選手らによる震災遺構・追悼施設訪問案があった。支援を受けた国・地域に復興後の現状を見てもらうと同時に感謝を伝える計画だったが、ほとんどの市町村で中止か、実施見通しが立たない状態となっている。
詩人で社会学者の水無田気流さんは「復興五輪は、その効果が見込めず形骸化する中、政府や大会組織委員会の名目に使われている状況だ」と指摘。「(宮城会場の有観客は)観光、宿泊などで得られる恩恵よりも、地元に掛かる負担が大きい」と話している。
無観客ドミノに警戒感
東京五輪は、北海道に続き、福島県の会場も一転、無観客になった。いったんは観客を入れることで決着したにもかかわらず、程なく自治体側が判断を覆すケースが相次ぎ、開幕を目前にして混乱が続く。観客上限の結論を出した8日の関係自治体協議会の段取りや、大会組織委員会の対応を巡って自治体から不満の声も漏れており、関係者には「無観客ドミノ」への警戒感も広がっている。
北海道は、新型コロナウイルス対策のまん延防止等重点措置が解除される12日以降、道内のイベントは最大1万人とすることを要請していた。このため「(五輪も)つじつまを合わせる必要があり、一度は観客ありを受け入れざるを得なかった」(道関係者)。一方、道は組織委に東京、埼玉、千葉、神奈川の1都3県から観客が来ないようにする対策などを要望したが、鈴木直道知事が橋本聖子会長から電話で「難しい」と伝えられ、一転して全ての試合を無観客とするよう迫った。
この影響を受けたのが福島県だった。「北海道が無観客となり、1都3県以外の会場を全体として観客ありとする前提が大きく変わった」。福島県の内堀雅雄知事は10日、無観客を決断した理由をこう説明した。感染症対策を機能させる観点から、橋本氏には「(各自治体)バラバラでなく統一した対応が必要だ」と訴えてきたが、首都圏以外の会場の足並みが乱れる形となったことで、判断を一変させた。
8日の関係自治体協議会では組織委が結論を急ぐあまり、地方との事前調整が不十分なまま決着を図ったとみられ、自治体側には不満もくすぶる。内堀氏は「どういう流れになるか、事前連絡がほとんどないまま、いきなり本番を迎えている」と指摘。茨城県の大井川和彦知事も「いきなり案を頂いて、それについてコメントし、決定してくださいという会だった。その日のうちに決めないと、という組織委の雰囲気をなんとなく感じた」とこぼした。
残る「観客あり」は宮城、静岡の両県と、児童や生徒に現地観戦の機会を設ける「学校連携観戦プログラム」のみの茨城県。組織委は10日午前に改めて3県の意向を確認した上で「観客あり」に変更はないと発表したが、大会関係者はさらに無観客の動きが広がる可能性についても「あり得るかもしれない」と懸念を示した。
テレビ放送 リオの2倍
IOCは9日、東京五輪の日本国内でのテレビ放送が2016年リオデジャネイロ五輪の約2倍になる見通しだと発表した。新型コロナウイルスの影響で大半の会場が無観客となるが、小型センサーをつけてアーチェリー選手の心拍数を視聴者に伝えるなど「革新的な技術で世界中のファンはスリルを体験できる」とアピールした。
国際映像を供給する五輪放送サービス(OBS)はIOCスポンサーのインテル、アリババとも協力し、仮想現実(VR)や人工知能(AI)を駆使。陸上短距離で選手がどの瞬間に最高速度に達したかを表示する新技術も導入する。
OBSは、合計50億人を超える世界の潜在的な視聴者に向けて9千時間以上の映像を制作する計画で「過去のどの五輪よりも多く放送される」という。大会組織委員会や各国放送局との連携で、競技会場内にファンの応援動画を流す企画も進める。IOCのバッハ会長は選手に「孤独を感じる必要はない。何十億人もの人々が画面にくぎ付けになり、心の中であなた方と一緒にいる」と呼び掛けた。













