家の前を流れる奥谷川を眺める餅田美代子さん。小さな川は、豪雨になると一気に増水して牙をむく=江津市川平町
家の前を流れる奥谷川を眺める餅田美代子さん。小さな川は、豪雨になると一気に増水して牙をむく=江津市川平町
家の前を流れる奥谷川を眺める餅田美代子さん。小さな川は、豪雨になると一気に増水して牙をむく=江津市川平町

 2020年7月の江の川氾濫から1年たった。12日にも大雨に襲われ、避難指示が出た流域では、治水対策の検討が進むものの、家屋移転など大きな環境変化を伴う可能性があり、住民には戸惑いもある。特に高齢被災者は、人生の最終盤に訪れた岐路に悩みを深めている。 (福新大雄)

 

 「将来を考え、眠れんことがあるんよ」。江津市川平町の餅田美代子さん(79)が顔をしかめた。再三の水害を受け、終(つい)の住み処(か)となるはずだった家を去るのかどうか。80歳を目前に決断を迫られるが、なかなか答えを見いだせない。

 川平町は18年7月にも、江の川本流の増水で行き場を失った支流・奥谷川の水があふれる「バックウオーター現象」が発生。20年7月と合わせて住家22棟が浸かった。

 夫の守さん(享年76)が亡くなった後、奥谷川のほとりに1人で暮らす餅田さんは18年は床上70センチ、20年は玄関まで水が押し寄せて孤立した。短期間で2度の被災は驚きを通り越し、言い知れぬ不気味さを感じたという。

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 国土交通省や江津市などでつくるプロジェクトチーム「江の川流域治水推進室」は、緊急性が高い重点15地区の一つに川平町を指定。現在、住民を交え、家屋移転や宅地のかさ上げ、特定区域を囲むように堤防を築く輪中(わじゅう)堤といった複合的な対策を協議している。

 町の中心部から離れた餅田さんの家は目の前に川が流れ、背後は危険性が高く、土砂災害特別警戒区域に指定されたがけがある。安心できる環境を手に入れるには、家の移転が最も近道だ。

 今の家は5歳から暮らし、結婚して3人の子を産み育てた。家族の歴史が刻まれた家を離れたくないのは言うまでもない。新たな環境で人間関係を再構築する気力も十分ではない。

 だが、今年も大雨で避難所に身を寄せ、慌てて大切なアルバムや重要書類を階上に移した。水害の恐怖に1人暮らしの心細さが重なって、「移転やむなし」と諦めに近い思いも湧く。

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 問題は時間の猶予がないことだ。仮に移転する場合、国や市を交えて補償額を算定し、移転先を決め、家を新築するまで数年以上かかる。餅田さんは「気持ちがしっかりしているうちに、将来のことが決まるかどうか」と不安を明かす。町外にいる子どもには「自分の都合で迷惑はかけられん」と、帰郷を促すことも、同居を打診することも封印する。

 国などは21年度中をめどに重点15地区の対策方針をまとめたい考えだが、大規模な工事のため住民合意や用地買収など複雑な手続きが絡み、完了時期まで明示するのは難しいという。

 江の川流域3市町(江津市、川本町、美郷町)の高齢化率は県内平均を9・6ポイント上回る44・3%。治水工事の見通しが不透明な中で、今後の人生設計に悩むお年寄りが少なくない。さまざまな思いが去来し、眠れぬ日々が続く。