2024年は安来市出身の画家、加納莞蕾(本名・辰夫、1904~1977年)の生誕120年に当たる。中国で従軍画家として戦地に赴き、フィリピンにおける日本人戦犯の赦免を実現させた莞蕾。その後も古里の首長として、1人の画家として、一生かけて平和を希求した。加納美術館(安来市広瀬町布部)で開会中の「人間、加納莞蕾」の作品と莞蕾の活動を通じて昭和元年から100年、戦後80年の節目に当たる2025年を前に平和を考える。

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 「家族や友人が私の助命運動をするかもしれませんが、加納さん、それはやめさせてください」

 1945年秋、安来市広瀬町布部の妻の実家に身を寄せていた古瀬貴季(たけすえ)元海軍少将は、仕事で面会に来た莞蕾にこう切り出した。

 古瀬元少将は雲南市木次町出身。「日本海軍将官辞典」によると、古瀬元少将は1944年に菲島航空隊司令、北菲島航空隊司令を歴任し、フィリピンに滞在した。

加納美術館に掲示されている古瀬貴季元海軍少将の写真

 1944年10月、米軍と旧日本海軍の連合艦隊はレイテ沖で激突。海軍は、ゼロ戦に爆弾を積んで空母に体当たりする部隊を編成する。「神風特別攻撃隊」だ。古瀬元少将は特攻隊の司令に就いてい...