ツイッター上で話題になった内田線香店の「杉葉線香」
ツイッター上で話題になった内田線香店の「杉葉線香」

 安来市広瀬町布部の山あいで昔ながらの線香を作り、販売する内田線香店。家族3人で切り盛りする小さな線香店が、8月半ばにツイッター上で全国から注目を集めた。無香料で線香を手作りする全国で珍しい店になったことと、新型コロナウイルスの影響で取引が減った窮状を関係者が投稿したところ、購入を希望する反応が全国から相次いだ。

 内田線香店の作る線香は「杉葉線香」の名で島根県ふるさと伝統工芸品に指定され、昔ながらの手作業、技法を守り続ける。どのようにして線香作りをしているのか。注目が集まっているこの機会に製作現場を見学させてもらった。(Sデジ編集部・吉野仁士)

 

 8月8日、地元ケーブルテレビ局の女性が、ふるさと伝統工芸品の紹介番組を制作した縁でコロナ禍の窮状と線香の製作風景の写真を添えたつぶやきを投稿した。

「『コロナで廃業寸前だわ』って話してくれた全国で数件しかない手作り線香のおばあちゃん」
「家族3人で作った天然の杉の香りの線香は煙で喉が痛くなりません」
「お寺の関係者の方いらっしゃいませんか?」

 線香が多く使われるお盆を前にした時期だったことに加え、珍しい手作り線香に興味を引かれたのか「親族に住職がいるので買います」「家族がぜんそく持ちです。こういう線香を探していました」と購入希望者が続出。つぶやきは瞬く間にインターネット上で拡散され、つぶやきを身内に共有する「リツイート」が5万6千件、共感を表す「いいね」は8万7千件に上った(8月27日時点)。

 

 ▼売り上げ2箱の月も

 内田線香店は創業約100年。「杉葉線香」の名前の通り、杉の葉を原料にした線香を製作し、主に寺や鍼灸(しんきゅう)院で広く使われた。現在は4代目代表の内田貴子さん(76)と娘さん2人の3人で製作販売を続ける。山陰両県で伝統工芸品に指定されている線香は杉葉線香だけだ。

内田線香店の工房に飾られている島根県ふるさと伝統工芸品の指定書。年季が入っている。

 「自然の物を届けたい」という創業当初の方針から香料などの化学薬品は使用しない。原料は杉の葉を粉末にした杉粉、粉末を固めるのり粉、着色用の色粉と水。杉単体の爽やかな香りは部屋や服に残りにくく、吸い込んでも喉が痛くなりにくいと利用客から好評で、燃焼時間が長いのも特徴だ。

 伝統のある店にとっても、コロナによる打撃は深刻だった。大口取引先の大阪の鍼灸院からの注文が激減。1箱約400本入りの線香(税別750円)の売り上げが、今年6月は4箱、7月は2箱という危機的状況に陥った。内田さんは「『いつ(仕事を)やめようか』と思うぐらいだった」と振り返る。

 

 ▼2週間で年間売り上げ分に匹敵

 ツイートがあった8日夕方、線香をインターネットで販売している島根県物産観光館と線香を置いて販売しているJR安来駅から「何があったのか知らないがえらく売れ始めた。線香をあるだけ持って来てくれ」と連絡が入った。手元にあった線香を全部持ち出したが足りず、状況を理解する暇も無く盆休みを返上しての製作が始まった。

 ツイッターの効果はすさまじく、県物産観光館の販売ページにアクセスが集中したせいか、一時的にページにつながらなくなるほど。店に電話で注文する人や、中には兵庫県から4時間かけて訪れ「ツイッターで線香を見て買いに来ました」という人もいた。

 つぶやき以降の売り上げは2週間ほどで約700箱に上った。コロナ前の年間売り上げに匹敵する勢いに、内田さんは「ツイッターは全く知らないので訳が分からなかった。注文してもらえるのはうれしいけど、3人で作るにはちょっと忙し過ぎるよ」と、冗談混じりに笑った。

 

 ▼熟練の勘で判断

 全国から注目を集める手作り線香はどうやってできるのか、工房に案内してもらった。大まかな製作工程は、杉粉やのり粉を混ぜてできた原料をそうめん状にし、形をそろえて乾燥させるという流れだ。

線香の原料が混ざる様子を観察する内田貴子さん(右)。左は娘の聖子さん。

 まず専用のこね機に茶色い杉粉とのり粉、色粉を溶かした水をバケツで入れて混ぜ合わせる。のり粉と水の量はその日の湿度などによって変わるため、熟練の勘で原料の適切な粘度と固さを見極める必要がある。状態を見誤ると、折れやすく火付きが悪い線香になってしまう。

 杉粉の袋は1袋10キロあり、内田さんはこの袋を何度も担いでこね機に入れる。男でも大変そうな重労働にもかかわらず、内田さんは玉のような汗をぬぐいながら「これが水も滴る良いオババよ」と笑う。こうして約1時間、粉をこね続ける。

 1時間後に機械を止めると、茶色かった原料はすっかり見覚えのある深みのある緑色に変わっていた。内田さんがこね機に張り付いた原料の塊に包丁を入れ、複数に分けて取り出す。この時点で形以外はほぼ完成品の線香と同じだが、線香特有の匂いはしない。塊に顔を近づけるとほのかに杉の香りを感じる程度だ。

 

 ▼線香が「1枚の布」に

内田貴子さんがプレス機にかけられた線香を一定の長さで次々に切り取っていく。切り取るタイミングは長年の勘で把握している。

 次に塊をプレス機にかける。機械の底面には複数の小さな穴が開いていて、押しつぶされた塊が下からそうめん状になって出てくる。出てきたそうめん状の線香を内田さんが板に乗せて一定の長さで切り取ると、娘さん2人の腕の見せ所、「生(なま)つけ」と呼ばれる作業が始まる。

 2人がへらを手にして板に向かい、線香一本一本がくっついたり重なったりしないよう、真っすぐに隙間無く丁寧にそろえていく。熟練の腕で並べられた数百本の線香には寸分のゆがみも無く、まるできれいな1枚の布のように見えた。

「生つけ」では線香一本一本を隙間がないよう丁寧にそろえていく。均等に並んだ線香はまるで1枚の布のように美しい。

 出来上がった線香は乾燥室で乾燥させれば完成。生つけで真っすぐにそろえても乾燥の過程でわずかに変形することがあるため、定期的に線香の具合を見る。最終段階でもゆがみやひび割れがあれば、プロの目で見極めて取り除く。機械では気付けない線香のわずかな異常に気付けるのは、日々何万本も線香に触れることで培われた経験があればこそだ。

 完成した線香を手渡されると、顔を近づけなくても気付くほどの杉の香りが漂ってきた。乾燥させることで水分が飛び、原料の香りが強調されるそうだ。

 線香に火を付けてみた。ほのかに漂ってくる香りは素朴でさりげない。記者は香りの強い線香を嗅ぐと目まいを起こすことがあるが、杉葉線香はしばらく嗅いでいても気にならなかった。服にも香りが残りにくいようだ。強い香りを気にする人や昔ながらの自然な香りを好む人にはうってつけの線香と言える。

 

 ▼再びともされた火

 2人で1日にできる「生つけ」は約3万本分。原料をこね始めてから乾燥まで4~7日かかるため、注文が入り始めてからはほぼ休みなく製作した。しかし、これまでにないフル稼働を機械に強いたからか、プレス機が故障するトラブルに見舞われた。製作再開は早くても9月下旬になるという。

 プレス機は今年で〝20年選手〟になった。寿命はとうに過ぎ、これまでは「機械が壊れたら節目だ」と店じまいを考えることもあった。全国からは「コロナが落ち着いたら絶対に買いに行きます」という声が多く、今回の件で背中を押された内田さんは「こうなったからには機械を修理してなんとかなりそうなところまでやってみる」と再び腕をまくる。「忙しいのはほどほどにしてほしいけどね」。口ではそう言いながらも、内田さんの目はやる気に満ちている。

 注目を浴びるまでは文字通り、風前のともしびだった線香店。全国からの暖かい声によって再びともされた火は、まだまだ消えない。杉葉線香は1箱約400本入りで税別750円。内田線香店の問い合わせ先は電話、0854(36)0178。