最後のショーを終えて、招待客の横綱(当時)朝青龍夫妻と握手をする森英恵さん(左)=2004年9月、東京都渋谷区の新国立劇場
最後のショーを終えて、招待客の横綱(当時)朝青龍夫妻と握手をする森英恵さん(左)=2004年9月、東京都渋谷区の新国立劇場

 世界的ファッションデザイナーの森英恵さんは母の古里だった島根県六日市町(現吉賀町)に生まれ、小学4年の途中まで暮らした。その後引っ越した東京で、自分の田舎っぽさや訛(なま)りを気にするようになる。

 それでも毎日、家庭教師の家に迎えに来る母と一緒に歩いて帰る道中は、2人で思いっきり方言でおしゃべりをした。母を独り占めできる特別な時間だった、と随筆に残している(『日日新-森英恵遺稿集』)。手放したくもあり、手放したくもないのが方言なのだろう。

 若者が進学や就職で古里を巣立つ季節を迎えている。新しい土地でまず感じるのが言葉の違いだ。そこで初めて自分が話す言葉のイントネーションや特徴的な語尾に気付き、標準語だと思っていたのが実は方言だったと知ることになる。逆にふと耳にした言葉で同郷人と分かり、意気投合したりもする。方言とは古里や人との関係を結びつける接着剤の役割も果たす。

 とはいえ慣れるまでは気恥ずかしくて口数が減り、孤独を感じてしまうかもしれない。<ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく>。石川啄木は望郷の念を詠んだ。

 交流サイト(SNS)で親や旧友たちといつでもすぐに連絡はできる。だとしてもスマホの打ち言葉で方言を使うことは少なく、訛りも伝わらない。たまにでいい。電話で思いっきりおしゃべりをし、声音で心安らぐ古里を届けたい。(史)