母に薦められて読んだのは10歳ごろだったか。フランスの作家ジュール・ルナールが1894年に発表した自伝的小説『にんじん』。母親に虐げられる赤毛の少年が主人公だ。
かばうことをしない兄姉、事なかれ主義の父親。少年は家庭内で孤立し壮絶な境遇にあるが、さほどかわいそうだと思わなかったのは、自分なりの居場所や心のありようを見つけ、それなりに生きていく成長物語に仕立ててあったからだろう。
久しぶりに思い出したのは、松江市の島根大付属図書館で来月26日まで開催している企画展「島根大学生が発信する『島根の文学者たち』の世界」がきっかけだ。足跡や作品をパネルで解説した5人のうち、津和野町出身の作家、伊藤佐喜雄(1910~71年)の活動の一つとして『にんじん』の再話に取り組んだことが紹介されていた。
繊細な心理描写が特徴的な伊藤は戦後、児童文学の再話や伝記を多く手がけた。その中で学生たちが『にんじん』を取り上げたのは、祖母に育てられて母親の愛を求めた伊藤自身の生い立ちを意識してのことではないか。
母は女優の伊沢蘭奢(らんじゃ)。津和野の薬問屋に嫁いだものの夢を捨てきれずに幼い息子を残して離婚し上京。新劇界トップに上り詰めながら38歳で急逝した。蘭奢を描いた小説もいくつかある。併せて伊藤が再話した『にんじん』を読めば、子どもの頃とは違った視点で作品を味わえそうだ。(衣)














