弟を思い出す―。80年前に被爆したあの場所に戻ると、涙が止まらなかった。広島への原爆投下の爆心地からわずか460メートルの小学校の校庭は、黒焦げの遺体で埋め尽くされていた。母の字で「トモダ」と書かれた運動靴。その遺体は弟だった。

 9歳の少年だった友田典弘さん(90)=大阪府門真市=は原爆で家族を失い、焼け野原に一人、取り残された。知人について渡った朝鮮半島でも戦争に巻き込まれ、二つの惨禍を奇跡的に生き延びた。死亡率が高い「近距離」で被爆し、生き延びた中の最後の存命者に。人生は常に死と隣り合わせだった。(共同通信=吉田梨乃)

 ▽「ごめんな、ごめんな」

 爆心地から500メートル以内の「近距離」で被爆し、広島大の追跡調査の対象と...