菅義偉政権の業績の一つは2050年に実質的に温室効果ガスの排出をゼロにする「ネットゼロ目標」の表明だ。それ以降、主要国に比べて遅れていた日本企業の排出削減に向けた取り組みなどが加速している。
深刻化する気候危機への対策とそれを裏打ちする革新的なエネルギー政策の実現は、国と地球の将来を左右する重要な課題だ。脱炭素への歩みを緩めることは許されず、岸田文雄次期首相には、これをさらに速める政策の実行が求められる。
だが気候変動政策やエネルギー政策が自民党の総裁選の主要な論点になったとは言い難く、この問題に関する岸田氏の理解度にも大きな疑問符が付く。
政策討論の中で、温暖化対策について、発光ダイオード(LED)電球を使ったり、シャワーを風呂に変えたりすることによる省エネ性能に言及し、日々の生活から積み上げることの重要性を指摘した岸田氏の発言に、関係者は危機感を抱いている。
市民の努力の積み上げは重要だが、ネットゼロ目標は、現在の経済や社会の姿を根本から変革しなければ実現できない。化石燃料依存から一刻も早く脱却し、再生可能エネルギーを根幹とする社会をつくるためのエネルギー政策の大変革が急務なのだ。
岸田氏は候補者討論の中で、使用済み核燃料を「再処理すると廃棄物の処理期間は300年、直接処理すると10万年かかるといわれている」と発言したが、これは明白な事実誤認だ。エネルギー問題へのリテラシーを疑わずにはいられない。
地球温暖化の原因になる二酸化炭素(CO2)に課税する本格的な炭素税の導入や建築物への厳しい省エネ基準の義務化、一般家庭の屋根に太陽光パネルを設置することの義務化など、菅政権がやり残した課題は大きい。
CO2排出量が大きいことを理由に多くの先進国で全廃への動きが進む石炭火力発電を、日本は今後も長期間使い続ける政策を堅持している。だが世界第5位の大排出国として、石炭火力全廃は避けて通れない。
東京電力福島第1原発事故以降、一層の高コスト化が目立ち、巨大事故のリスクも大きい原子力を、温暖化対策を理由に今後も重視し続けるのか。最新のデータや専門的な知識を基に、広く市民が参加する場での議論を進める必要がある。使い道のないプルトニウムを大量に生み出すことになる核燃料再処理路線の見直しも不可避だ。
今月末、イタリアでの20カ国・地域首脳会議(G20サミット)とそれに続く英国での気候変動枠組み条約第26回締約国会議の首脳級会合が首相としての岸田氏のデビューとなる可能性が高い。
石炭火力の利用を堅持する日本には海外の厳しい目が向けられている。
産業革命以来の気温上昇を1・5度に抑えるため社会と経済の大変革、エネルギー政策の根本的な変革に取り組むとの姿勢を内外に示すことは、大排出国である日本の責任だ。
それに失敗すれば、日本の国際社会での地位は危うくなるし、ひいては日本の産業の国際的な競争力を損なう結果にもなる。この問題への理解度を深め、政策転換への覚悟を内外に示すために残された時間は極めて少ないことを岸田氏は、胸に刻まねばならない。