岸田文雄次期首相を取り巻く国際情勢は激しく動いている。米国と中国という両大国の対立の中で、北東アジア地域の平和と安定に向けて日本はどういう役割を果たしていくのか。11月の衆院選でも外交・安全保障政策が重要な争点となるが、その前の10月末に、イタリアで20カ国・地域首脳会議(G20サミット)が予定されている。岸田氏は早速、外交手腕が問われることになる。
岸田氏は自民党総裁選後の記者会見で、民主主義や法の支配などの普遍的価値観を守り、日米同盟を強化して「自由で開かれたインド太平洋を構築していく」と述べた。安倍、菅政権の外交・安保政策を継承する方針と言える。
岸田氏は安倍政権下で2012年から約4年8カ月、外相を務め、連続在職日数は戦後最長だった。だが、首脳外交を展開した安倍晋三前首相の陰に隠れ、岸田氏の活動は目立たなかった。これからは首相として外交面でも明確な「岸田色」を示せるかが問われる。
何よりも早急に取り組むべきなのは中国、韓国という近隣外交の立て直しだ。新型コロナウイルスの影響もあったが、菅政権の1年間、中韓両国との間では対面での首脳会談が行われていない。早期の会談実現に取り組むよう求めたい。
岸田氏は台湾海峡の安定とともに香港の民主化、新疆ウイグルの人権問題に「毅(き)然(ぜん)と対応する」と強調。人権問題担当の首相補佐官を新設する考えを示している。日米同盟を基軸に対中国外交を展開する考えだろう。
ただ、米中対立の中で日本が目指すべきなのは、衝突が起きないよう対話による関係構築の外交努力を続けることだ。どうバランスを取るのかが問われる。
韓国との間では、外相として15年末に従軍慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」とする合意をまとめた。しかし、合意はその後、白紙に戻った状態だ。弾道ミサイル発射を続ける北朝鮮対処での連携を強化するためにも関係修復への取り組みが求められる。
岸田氏に期待したいのは、被爆地・広島選出の首相として、総裁選でも掲げた核軍縮、不拡散体制の強化に取り組むことだ。しかし、核兵器禁止条約への署名に関しては「最大の核保有国である米国と信頼関係を築き、核兵器のない世界への歩みを進めていく」と述べるだけで物足りない。首相として指導力を発揮してほしい。
岸田氏は総裁選で、安倍氏ら保守層の支持を得るためか、安保政策や憲法改正で踏み込んだ発言を行った。
日本を狙うミサイルを相手の領域内で阻止する「敵基地攻撃能力」について、北朝鮮のミサイル脅威に触れて「選択肢の一つだ」と述べた。改憲に関しては、安倍政権がまとめた9条への自衛隊明記など4項目の改憲条文案を評価し、「任期中に実現を目指していきたい。少なくともめどを付けたい」と明言した。
しかし、岸田氏は1年前に出版した著書では「日本は力による外交は望めない」として「ソフトパワー外交」を提唱。改憲を巡って15年には「当面、9条の改正は考えない。時代の変化に対応しながら基本的な考え方を守る姿勢が大切だ」と述べている。党内におもねるような拙速な議論は慎み、信念を貫く外交・安保政策を追求すべきだ。