今年のノーベル平和賞は、強権政治に立ち向かい事実を追うロシアとフィリピンのジャーナリスト2人に授与されることになった。ノルウェーのノーベル賞委員会の授賞理由は「民主主義と恒久平和の前提である表現の自由を守る努力」。自由で独立した報道が平和に欠かせないことを訴えたメッセージだ。

 ロシアの独立系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」のドミトリー・ムラトフ編集長はプーチン政権に臆せず調査報道を率いる。同紙では、南部チェチェン共和国の紛争で政権が人権を踏みにじる実態を告発した女性記者アンナ・ポリトコフスカヤさんが射殺されるなど記者計6人が言論への暴力の犠牲になっている。

 フィリピンの女性ジャーナリスト、マリア・レッサ氏は米CNNテレビのマニラ、ジャカルタ両支局長などを経てニュースサイト「ラップラー」を共同で設立。容疑者殺害を容認するドゥテルテ政権の強硬な麻薬犯罪対策の真相に迫る。

 ノーベル賞委員会は両氏について「民主主義と報道の自由がますます逆境に直面する世界で、理想のため立ち上がった全ジャーナリストの代表」と述べた。世界中で闘う記者らを励ます言葉だ。

 国際非営利団体、ジャーナリスト保護委員会(本部米ニューヨーク)は、昨年12月に世界で投獄されているジャーナリストが1990年代前半の統計開始以降最多の274人に上ったと発表した。中国が2年連続ワーストの47人だった。

 中国に批判的だった民主派系の香港紙、蘋果日報(リンゴ日報)は廃刊に追い込まれた。幹部は逮捕され、資産も凍結された。香港の報道の自由は完全に損なわれた。

 ミャンマーでクーデターを起こした国軍は、独立系メディアの免許を取り消し、記者多数を投獄した。フリージャーナリスト北角裕樹さんは1カ月近く拘束された。

 トルコのサウジアラビア総領事館内で3年前、在米サウジ人記者が当局者に殺害された事件は世界に衝撃を与えた。

 先進国でも偽情報やヘイトスピーチが拡散、事実に基づく議論が軽視され、その傾向に新型コロナウイルス感染症が拍車をかける。民主主義のリーダーといわれた米国で今年1月、主要メディアを敵視する当時のトランプ大統領の支持者が連邦議会議事堂を占拠した。

 ノーベル平和賞の伝統的な対象は軍縮の努力や紛争の解決、非暴力の人権擁護などだが、近年は平和を支える貧困対策、教育、地球環境など幅広い分野を扱う。報道分野への平和賞授与は、第2次大戦後は初めてだが、戦前に例がある。

 ナチス政権に弾圧されたドイツの新聞記者カール・フォン・オシエツキーが1935年の受賞者だ。全体主義が各国を覆って大戦に突き進んだあの暗い時代に、また近づいているのか。平和賞を警鐘と受け止めたい。

 日本は胸を張れる状況にない。国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」(本部パリ)の報道の自由度ランキングで2010年に11位だった日本は今年67位だ。公務員らの機密漏えいを厳罰にする特定秘密保護法の成立などが影響し、安倍・菅政権下で低迷を続けた。

 勇気ある記者らの闘いに敬意を表すとともに、表現の自由を守り、権力におもねらず、事実を何より大切にする決意を新たにしたい。