島根県庁(左)と鳥取県庁
島根県庁(左)と鳥取県庁

 < 上 >では山陰両県の新型コロナウイルス感染者と死者数が低い理由についてまとめた。医療現場は実際、どのように感染者の治療に当たるのか。治療内容や今後の注意点について島根県立中央病院の医師に聞いた。(Sデジ編集部・吉野仁士)

 

 県立中央病院総合診療部長の増野純二医師(53)は「コロナの治療方法は大きく分けて投薬と酸素投与の二つがあり、症状によって使い分ける。重症に近い場合は両方組み合わせて使い、軽症なら両方使わない場合もある」と説明する。

 

 治療方法は患者の入院後、血液検査とレントゲン検査をし、血中酸素飽和度の低下度合いや肺炎症状の有無から総合的に判定した上で決める。コロナウイルスの侵入や増殖を防ぐ際は投薬で対応する。肺炎で肺機能が低下した場合は、専用の器具で酸素を送り込んで機能を補助する。軽症の場合は入院して数日安静にし、退院することもあるという。

新型コロナ患者の治療に取り組む島根県立中央病院

 

▼「抗体カクテル」使用は慎重に判断

 まずは、投薬による治療。

 肺炎の症状がある「中等症Ⅰ」以上の患者は、米製薬会社が製造した抗ウイルス薬「レムデシビル」を使用する。点滴で使用し、細胞に侵入したウイルスの増殖を抑える効能があるとされ、重症化の進行を食い止める可能性がある。主に中等症以上の患者を受け入れる県立中央病院では出番が多く、2020年12月に使用を始めた。効果について、増野医師は「もちろん効果はあると思うが、肺炎になって初めて使う薬なのでどうしても見た目では分かりづらい」とする。

 レムデシビルは海外製造で供給量に限りがあるため、国が管理する。昨年、新型コロナウイルスの感染が始まってから、全国の医療機関で必要量が確保できるか懸念された。県立中央病院では「薬を使うほどの症状の患者が幸い他県に比べて少なく、確保量は問題ない」(増野医師)という。

 中等症より前段階で使う薬が「抗体カクテル」。特定のウイルスの活動を抑える2種類の「中和抗体」を混ぜて使う治療方法だ。点滴で使用して、中和抗体が患者の体内のコロナウイルスに結合し、ウイルスの細胞内への侵入を防ぐ。酒やジュースを混ぜて飲むカクテルに例えて付いた名前で、覚えやすい。抗体カクテルを使った治療が、最近テレビのニュースなどでよく耳にする抗体カクテル療法だ。

 病院では今年7月末から使い始めたが、抗体カクテルを使用した後に重症化した患者は1人もいない。増野医師は「基礎疾患があり、重症化リスクを抱える患者さんが軽症の段階で回復するので、とても効果的。医療現場にはありがたい存在」と効果を実感している。

 抗体カクテルは重症化しやすい高齢者や基礎疾患がある軽症の人に使用し、若年層には原則使わない。県立中央病院感染症科部長の中村嗣医師(58)は「軽症者ならば誰でも使えるわけではない」と強調する。海外製造の抗体カクテルは、7月に国に特例承認されたばかりで、軽症者全員に使えるほど大量にはなく、使用する際は慎重に判断しなければならない。

 投薬治療は症状だけでなく、基礎疾患の有無や年齢によって的確に薬を使い分ける必要がある。コロナは国の指定感染症のため全額国が負担し、治療費や入院費の患者負担は生じない。レムデシビルや抗体カクテルの副反応については世界中で調査中だが、10月1日時点で重篤なものは報告されていないという。

新型コロナの治療方法の一覧。症状や基礎疾患の有無によって治療方法は変わる

 

▼全身の機能を守る酸素療法

 新型コロナウイルスによって肺炎を起こし、肺に空気が入りにくくなった患者には酸素療法が必要になる。鼻や口を通じて機械で酸素を体内に送り込む。

 酸素を送る方法は体が必要な量によって変わる。1分あたり1~2リットルほどの酸素量ならストロー程度の太さの管を鼻に当てる程度だが、1分あたり10リットルが必要となると酸素マスクを顔に着ける必要がある。施設によっては鼻に当てた管からより多くの酸素を送り込める、特殊な機器を使用する。自分の力で酸素を取り込めないほど重症の場合は人工呼吸器を使い、口から気管まで届く長さの管を挿入し、圧力をかけて酸素を肺に送る。

 さまざまな器具を使って酸素を送ることで内臓の機能を正常に近い状態に保ち、同時に薬の効果や免疫機能でウイルスに打ち勝つまでの手助けができる。酸素が足りないと体の全ての機能が低下するため、酸素療法はとても重要だ。

 未知のウイルスに対応する以上、最悪の事態への備えは欠かせない。人工呼吸器で対応できない場合に備えて、人工心肺装置「ECMO(エクモ)」が県立中央病院にある。

 首と足の付け根の血管に管を刺して体外の人工肺につなぎ、人工肺が酸素と二酸化炭素を交換することで肺と同じ役割を果たす。エクモを使用することで、患者の肺を一時的に休ませる。

 エクモを使うのは患者の肺がかなり損傷している時。県立中央病院でまだ使用した患者はおらず、増野医師は「救命救急医と連携して対応できる設備はあるが、このまま出番がないのが一番だ」と願う。

新型コロナの主な治療方法を解説した増野純二医師

 

▼後遺症残るデルタ株の脅威

 ここまで紹介した治療によって、重症の場合を除いて約10日でウイルスは治まることが多いという。退院基準の「発症日から10日経過」「症状軽快から72時間経過」を満たせば退院できる。

 ただ、増野医師は「今増えている感染力の強いデルタ株の場合、ウイルスが治まっても炎症が残ることがある」と警鐘を鳴らす。患者の中には肺炎が治まらず、医療器具業者が貸し出した酸素ボンベを持って退院した人がいる。県内では後遺症が2~3カ月続いた人がいて、国内では完治しない人もいたという。

 県立中央病院に転院したデルタ株患者の中には、基礎疾患がないにもかかわらず重症化した患者がいた。「デルタ株で一度重症化すると、感染治癒後でも酸素吸入が必要な状況が続く可能性がある。従来のウイルス株ではなかったこと。デルタ株は従来の株よりも後遺症の程度が重い」(増野医師)。島根県内の8月の感染者629人のうち、デルタ株の患者が9割を占めた。10月以降の感染者は減少傾向だが、デルタ株の感染力の強さと後遺症の怖さをあらためて認識し、引き続き警戒する必要がある。

 コロナとの闘いが始まってから1年半。医療現場のコロナ対応は日々変化する。増野医師は「当初は明確な治療方法がない上に、目に見えないウイルスへの感染の恐れ、患者や医療従事者への風評被害があり、自らの心身を維持するのが難しい時期があった」と明かす。国民誰もが不安を抱える中、最前線の医療従事者は孤独な闘いを強いられた。支えになったのは、ワクチンやカクテル抗体の登場、回復した患者からの感謝の言葉、現場でともに働く医療従事者の存在だった。

 闘いが続く中で医療機関同士の体系作りが進んだ。今年7~9月に感染者が急増した際には県内の医療機関で連携し、感染増加の兆候が見えた段階から軽症者を各病院に振り分け、受け入れた。重症者治療ができる大きな病院の病床を可能な限り空けることで、命を守る態勢を常に確保した。増野医師は「患者の重症度合いによって各医療機関が役割分担することで、負担を減らすことができた」と振り返る。

 今後はレムデシビル、カクテル抗体に加え、新たな経口内服薬が年内に承認される予定。「病院では予期される第6波に向け、今までの感染対策、治療方法を徹底する。県民の皆さんは油断することなく、重症化を防ぐワクチン接種を進めてほしい。住民と医療従事者がともに健康と生活を守る意識を共有できればうれしい」(増野医師)。

 

 他の都道府県と比較して、山陰両県でコロナ感染者と死亡者が少ない理由は、山陰両県の検査体制や県民性、医療機関同士の連携といった多様な要因があることが分かった。島根県健康福祉部の公衆衛生医師、谷口栄作・医療統括監は県民の真面目さを要因に挙げ「県からの自粛のお願いをしっかり聞いて我慢してくださる県民の皆さんのおかげ」と感謝する。鳥取県の新型コロナウイルス感染症対策推進課の木原久美課長補佐は「保健所による効率的な感染者の追跡調査と、早期治療を可能にした医療機関の皆さんとの連携で感染拡大を食い止められた」と振り返り、保健所と医療機関の連携を理由に挙げた。忘れてはならないのは、山陰両県ではコロナ感染者を受け入れる病院や医師、看護師など医療資源が限られること。感染者数が増えていれば、厳しい事態に陥った。重症者や死亡者を出さないためには、感染者数そのものを低く抑えることが大切だ。

 あらためて一人一人が感染しないことを意識し、基本の感染防止策を徹底。県や市、町の感染情報に注意したい。