ロシア軍がウクライナに侵攻した。ロシア国防省は首都キエフなど各地の軍事施設を標的にミサイル攻撃を実施したと表明した。ベラルーシからウクライナ北部に軍用車両の車列が入ったとの報道もある。犠牲者が出たとも伝えられた。

 2014年にウクライナ南部クリミア半島を強制的に編入して国際社会から制裁を受けたロシアは、またも他国の主権を武力でじゅうりんした。正当な理由を全く認められない明確な侵略行為である。

 バイデン米大統領は「プーチン大統領は破滅的な人命の損失をもたらす戦争を選んだ。米国は同盟・友好国と結束して断固対処する」と非難した。国際社会はロシアに厳しい制裁を科して暴挙の代償を払わせるだけでなく原状回復を粘り強く迫らねばならない。また武力を使う拡張主義に対処するため、経済分野も含めた新たな安全保障体制の構築に取り組む必要がある。

 20世紀は戦争の世紀だった。人類は二度の世界大戦を経験し膨大な人命を失った。あらゆる国家の主権尊重と領土の保全は多大な犠牲を払って人類が得た歴史の教訓だ。言葉や文化が異なり、利害も衝突する国々が地球上で共存するために人類が獲得した至上のルールでもある。

 プーチン氏は歴史の教訓を踏みにじり、世界が人間の安全と幸福のために長い歳月をかけて築いた秩序を深く損なった。他国の尊厳だけでなく、自国の尊厳も傷つけた。たとえ通常戦力とはいえ、核保有国が領土拡張を目的に、他の主権国家に力を行使することは絶対に避けなければならない。

 プーチン氏は「自国の安全のために他国の安全を損なってはならない」との理由で、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大を批判する。だが今回の軍事行動こそ、まさに「自国の安全」を理由に「他国の安全」を犠牲にする行為ではないか。断じて容認できない。

 ロシアは13世紀にモンゴル系民族による支配「タタールのくびき」を経験、19世紀にナポレオンの侵略を受け、第2次世界大戦ではナチス・ドイツの侵攻で2700万人もの人命を失った。いずれも領土の中枢を侵食される国難だった。苦難の歴史が外敵への不安感を国民に植え付けた。ウクライナや旧ソ連圏に、NATOの軍備が展開することを極度に嫌うのも、敵の包囲に対する警戒感が潜んでいるからだ。

 プーチン氏はNATOの脅威を必要以上にあおり、このような国民の深層心理に訴えている。だがNATOがロシアの領土にミサイルを撃ち込んだり、国土を占領したりする合理的な理由はない。

 そのことはプーチン氏本人が誰よりもよく分かっているはずだ。それでもなお意図的に危機を創出するのは、独裁権力の求心力と浮揚力を維持するためでもあろう。

 法治主義と国際規範を無視する権威主義体制が核兵器を含む強大な軍事力を保持すること自体が脅威である。欧州とアジアで、互いの核心的利益を認め合う中国とロシアの結束で、それは世界規模の危機を生みかねない。

 ロシアは今回、軍事や経済、情報、サイバー技術の複合戦術を駆使した。資源を武器に使うハイブリッド戦略は、資源に乏しい日本にとっても重大な脅威である。経済安全保障の構想を早急に練り直すべきだ。