132年前に松江で暮らしたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、目にしたさまざまな風景を情趣豊かにつづった。その著書『知られぬ日本の面影』(1894年)の世界を思い起こさせる情景は今も山陰各地に残る。変わらぬ自然や人々の営みは、未来に伝えたいふるさとの宝である。
ハーンが松江に来たのは1890年8月のこと。山陰中央新報の前身で82年創刊の山陰新聞は、尋常中学校の英語教師としてハーンが就職することを伝えている(90年8月6日付)。寒さがこたえて熊本に移るまで、1年3カ月に満たない松江生活などの見聞から生まれた文章は、山陰を生き生きと描く。読む人は今なお同じような景色や習俗があちこちにあると気付かされ、それらがかけがえのない財産であると再認識するだろう。
【宍道湖の夕日】
太陽が沈み始めた。水面にも、空にも、驚くばかりのえも言われぬ色合いの微妙な変化が広がってゆく。(ラフカディオ・ハーン)
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時代を超えて人々を魅了する宍道湖の夕景。ハーンは「そのほのかな色合いは、五分おきに変わってゆく。なめらかな玉虫色の絹布のように、色合いと陰影とを驚くほど移り変えてゆくのである」とも記した。 撮影・広木優弥
【加賀の潜戸】
これほど美しい洞窟は、とうてい想像できない。海もまた、偉大な建築家だぞといわんばかりに、そこに畝(うね)や綾(あや)模様を作り、その巨大な作品に磨きをかけている。(ハーン)
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加賀(かか)の潜戸(くけど)は松江市島根町加賀にある海の洞窟。「出雲国風土記」に佐太神社(松江市)の祭神の誕生地と記される。現在、遊覧船で巡ることができる。 撮影・佐貫公哉
【八重垣神社】
恋人たちは紙で小舟を作り、その上に一厘銭をのせて池に浮べ、その舟のゆくえを見守る。(ハーン)
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八重垣神社(松江市佐草町)の縁占いは現代女性に人気。鏡の池に浮かべた紙に硬貨をのせ、沈む時間で縁を想像する。ハーンの時代も同じだった。 撮影・広木優弥
【石狐】
出雲の無骨な狐(きつね)は、優美などころか、ぎこちないとさえ言えるが、作り手の思い思いの着想が、色々な変わった手法で表現されている。(ハーン)
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堀に囲まれた松江城山公園にある城山稲荷神社(松江市殿町)はハーンのお気に入りの場所だった。ハーンも見たであろう石狐(いしぎつね)が参拝者を迎える。 撮影・広木優弥
ハーンの言葉は、ラフカディオ・ハーン著、池田雅之訳『新編 日本の面影』『新編 日本の面影2』(いずれも角川ソフィア文庫)から引用