フィリピン大統領選で、かつて独裁体制を敷いた故マルコス元大統領の長男フェルディナンド・マルコス元上院議員が当選を決めた。

 父を「国を発展させた」と称賛するマルコス氏は「祖先でなく行動を見て私を評価してほしい。全国民の大統領となる」と強調しているが、弾圧の被害者らから暗黒時代の再来を懸念する声が出るのは当然だ。法の支配と人権尊重、民主主義を基調とする国づくりを求めたい。

 1965年に大統領になった父は72~81年に戒厳令を布告。約7万人が拘束され、3万4千人が拷問を受け、3200人以上が殺害されたとされる。また不正蓄財は100億ドル(約1兆3千億円)と推定されている。

 約20年間のマルコス政権は1986年の「ピープルパワー(民衆の力)政変」で倒された。自由を求め立ち上がった市民が首都マニラの目抜き通りを連日埋め尽くし、軍も離反した。その光景を覚えている世界の人々の多くが大統領選の結果に驚いたのではないか。

 フィリピンはその後、東南アジアで民主化の先頭に立ってきたが、2016年に就任したドゥテルテ現大統領は容疑者多数を超法規的に殺害した「麻薬戦争」をはじめ強権的手法が目立ち、人権状況に懸念が強まった。麻薬戦争は「人道に対する罪」の疑いで、国際刑事裁判所(ICC)が正式捜査を承認している。

 フィリピンの女性ジャーナリスト、マリア・レッサ氏が昨年ノーベル平和賞を受賞した背景にドゥテルテ政権による抑圧がある。ドゥテルテ氏ににらまれた最大手民放テレビ・ラジオ局は放送免許が失効し、放送停止に追い込まれた。

 ドゥテルテ氏は強い指導者として人気があり、経済は好調でも貧富の著しい格差が縮まらない中で社会保障制度の整備も評価され、支持率は高い。だがマルコス独裁の反省から再選は禁止だ。

 今回の大統領選は10人が立候補。ドゥテルテ氏の強権政治を批判してきた人権派弁護士出身のレニ・ロブレド副大統領が2位だが、大差がついた。ドゥテルテ氏の長女サラ氏と手を組んだことが、マルコス氏の大量得票につながった。サラ氏は当初は大統領選の有力候補とみられていたが、副大統領候補に回ってマルコス氏とタッグを組み、2人とも当選を決めた。

 選挙戦では戒厳令を正当化する動画など事実に基づかない情報が交流サイト(SNS)にあふれた。マルコス氏は主な候補者討論会を欠席し、メディアの取材も避けがちで自らの政策を詳しく説明していない。事実に基づき意見を戦わせることは民主政治の根幹であり、一方的に発信だけする態度は改めるべきだ。

 ドゥテルテ政権は中国との間で、南シナ海の領有権を巡る対立を棚上げにしてあからさまに経済支援を求める姿勢を打ち出し、旧宗主国で同盟国である米国との関係がぎくしゃくした。

 日本はフィリピンの最大の援助供与国で、両国間の貿易や人的交流の規模も大きい。海洋国家として隣国の「戦略的パートナー」であり、4月に東京で開催した外務・防衛閣僚協議(2プラス2)の初会合では、中国の海洋進出を念頭に防衛関係の強化に合意したが、法の支配、人権、民主主義という共通の価値を大切にすることが協力の大前提でなければならない。