江の川流域の住民代表と計画案について意見交換する江津市事業推進課の井上俊哉課長(左から2人目)=江津市川平町、市松平地域防災拠点施設
江の川流域の住民代表と計画案について意見交換する江津市事業推進課の井上俊哉課長(左から2人目)=江津市川平町、市松平地域防災拠点施設

 江津市内を流れる穏やかな江の川が、夏になれば毎年のように暴れ川の形相を見せる。2018、20、21年に相次いで氾濫。家屋や農地が水に漬かり、川沿いに走る国道261号が各地で冠水してぶつ切りとなった。

 国は重い腰を上げ、21年度から10年間で250億円の治水関連の整備予算を付けた。市は本格化する地元協議に対応するため本年度、事業推進課内に江の川治水対策係を設けて専従職員4人を配置。江の川中下流域治水対策マスタープラン(基本計画)が3月末に公表され、国、県、市が連携し、住民と対話しながら築堤や住居移転などの対策を進める。

▽合意形成に難しさ

 ただ一筋縄ではいきそうにない。

 「浸水しても住み慣れた地域に残る希望の人もいる。一日も早い移転の実施とともに、残った住民の生活の安全も考慮してほしい」。5月10日夜、江津市川平町で開かれた会合で、川平町田野地区治水対策協議会の幸治和政会長(74)が住民らの複雑な心境を、国、県、市の担当者に訴えた。

 田野地区は、地区内を堤防で囲む輪中堤整備▽国の補助事業を活用した5世帯以上が条件の集団移転▽国が買い取った土地や家屋の補償金を活用して安全な場所に移る個別移転-と、さまざまな治水対策を検討。地区の将来を決める一大事業の合意形成の難しさは並大抵ではない。だが、対策が遅れれば、毎年のように水害の心配をしなければならない。

 市事業推進課の井上俊哉課長(50)は「世帯が一戸でも合意から途中で抜けると、計画そのものが崩れてしまう場合がある。重い決断が迫られる一方で、スピード感が必要で、行政側も地域に寄り添って考えたい」と気を引き締める。

▽堤防予定地に農地

 難しいのは家屋への対策だけでない。堤防建設予定地には江の川がもたらした水はけの良い土地を生かして生産する、ゴボウや桑など特産品の農地が広がる場所がある。

 流域の農地40ヘクタールで桑などを栽培する「しまね有機ファームグループ」(江津市桜江町市山)は、上大貫地区の農地7ヘクタールうち、3ヘクタールが堤防建設で使えなくなる。主力の桑は植えてから収穫まで5年程度かかるため、早期の代替農地のあっせんを要望する。

 古野利路副社長(47)は「桑は江の川の河川敷で栽培することで付加価値ある作物になった。50人の雇用を守るためにも、市は流域と向き合う姿勢は変えないでほしい」と求める。

 治水の基本計画には、将来世代まで住み続けられるまちづくりの視点を持つことが明記されている。そのためには、誰がどのようにして生活を営み、何をなりわいとするか、大河と共存するイメージを明確にしなければならない。きめ細かい調整と対話を欠かさず、持続可能な地域づくりを進める手腕が問われる。

 (江津支局・村上栄太郎が担当しました)