アワビ稚貝生産の第一人者と言われる隠地武彦センター長=松江市鹿島町恵曇、市鹿島・島根栽培漁業振興センター
アワビ稚貝生産の第一人者と言われる隠地武彦センター長=松江市鹿島町恵曇、市鹿島・島根栽培漁業振興センター

 高級食材・アワビの稚貝を育てる松江市鹿島・島根栽培漁業振興センター(松江市鹿島町恵曇)は採卵から育成まで徹底した管理で、安定的に目標の年間40万個以上を生産する。今、センターが挑戦するのが、陸上養殖で使う全国的に珍しい半循環式取水システムの開発。漁村の活性化を目指す取り組みを追った。 (政経部・片山大輔)

水循環改善して再建
 センターは2005年に旧鹿島、島根両町が漁業振興のため、中国電力島根原発3号機(松江市鹿島町片句)の増設に伴う国の交付金を活用して整備された。開設から数年は水循環の悪さから目標の年間40万個の生産ができない状況が続いたが、安定した生産体制に立て直したのがセンター長の隠地武彦さん(60)。大学卒業後から一貫してアワビの稚貝育成に取り組み、センターで稚貝が生き残る率は8~9割の実績を残し、アワビ稚貝生産の第一人者と言われる。

施設内に並ぶアワビの稚貝を育てる大型水槽=松江市鹿島町恵曇、市鹿島・島根栽培漁業振興センター

 5月中旬、島根半島部に位置する同センター。施設内外にところ狭しと並ぶ、最大で全長20メートルの大小さまざまな水槽内には、1・5センチ程度に成長した稚貝がびっしり張り付いていた。
 

水槽で順調に育つアワビの稚貝=松江市鹿島町恵曇、市鹿島・島根栽培漁業振興センター

 クロ、メガイ、エゾ、ハイブリッド(メガイとエゾの掛け合わせ)の4品種を対象に、卵のふ化から1年をかけて3センチ程度に育て、秋に県内外に放流、養殖用として出荷する。現在は1年の折り返しの時期で「順調に成長してますね」と隠地さん。

生き物+機械の強み
 隠地さんは広島市出身で、東海大海洋学部を卒業後、アワビの稚貝養殖施設を整備する宮城県のプラントメーカーに入社した。全国各地で施設設置から稚貝の育成まで手がけ、1987年から2011年までの24年間はコスモ石油の関連会社の社員として愛媛県の養殖施設で働いた。「生き物のことも機械のことも分かるのが強み」と自負する。

 松江に着任したのは11年9月。運営事業者が撤退したセンターの再建を願う市から懇願された。早速、電動ドリルを手に給水管の改造や排水場所の調整など水槽を改良し、水循環を改善。稚貝は順調に成長した。現在は、市の委託を受けて運営する青木あすなろ建設(東京都)の社員として業務に打ち込む。

 安定して稚貝を生産できることから漁業者の評価は高く、松江市の島根半島部をはじめ、県内各市町村や県外に放流、養殖用として出荷。県内で放流されるアワビの稚貝のほとんどがセンター産で、育ったアワビが有名料理店で重宝されるなど漁師の所得向上や漁村の活性化につながっている。

取水量は9割減、画期的な新システム
 安定的な生産体制が確立する一方、効率的な育成に向けては課題があった。

 センターでは水槽の水質汚濁を防ぐため、ポンプで海から毎時300トンを取水してかけ流し方式で育成するが、多額の電気代はネック。さらに、地球温暖化などで海の水温や水質が変化。猛暑で水温が30度以上となった2016年には、年間生産個数が目標40万個を大きく下回る19万4千個にとどまった。

 こうした課題の解決につながるのが、半循環式取水システムだ。
 

アワビの陸上養殖で使う半循環式取水システムの試作機。取水量を従来の9割減にできる見込みだ=松江市鹿島町恵曇、市鹿島・島根栽培漁業振興センター

 取水量を大幅に抑えてコスト削減につなげるとともに、環境変化に影響されないよう水質や水温を水槽内でコントロールする仕組み。常時取水しない閉鎖式循環システムだとアンモニアなど水に溶ける有害物を除去しきれないと考え、必要最低限の水に抑えた半循環式が最適と判断した。

 17年に青木あすなろ建設と玉川大が技術研究を開始し、今年4月には市内の沿岸漁業振興を目指す松江市を含む3者で技術交流の覚書を締結した。循環ポンプ、ろ過装置、水槽を一体化した試作機は取水量を9割減の毎時30トンにできる見込みで稚貝は順調に成長しており、22年度中の実用化を目指して現在は機器の選定など最終段階に入った。

 「システムを活用したアワビの陸上養殖による漁村振興の成功モデルを松江市でつくりたい」と隠地さん。稚貝生産歴約40年で還暦を迎えたが「やるなら人に負けたくない」と情熱は衰えない。


<アワビの稚貝育成の流れ>
1年間で3センチに成長
 育成はまず、親貝の仕入れから始まる。隠地さんが4~5月、東北などに直接出向いて殻の形、身の色、厚さなどを細かく見定める。「成長が良好な貝を選ぶ」のがポイントという。

 親貝は10月末~11月初旬に採卵できるよう、施設内の水槽で水温や光などを調整。時期が来ると雌の卵に、雄の精子をかける人工授精を行う。

 人工授精から13時間後にはふ化し、「おむすびに毛が生えたような形」(隠地さん)の0・2ミリの赤ちゃんが誕生。透明な殻はあるものの浮遊状態で、ほぼ無菌の専用の水槽と部屋で育てる。

 約1週間ほどで口ができ、水槽内の壁に張り付くようになると、餌となる緑藻や珪藻などを培養したプラスチック製の板を入れた水槽で、1センチ程度になる2~3月まで育成。板を取り出して独自配合の固形の餌を与え、10~11月には3センチ程度になる流れ。

 松江市鹿島・島根栽培漁業振興センターでは排せつ物や餌の食べ残しなどが滞留して水質が悪化し、稚貝が弱らないよう水槽内の水の循環を管理する。1・5センチに育ってから出荷の3センチになるまでの生残率はクロが80%以上、それ以外は95%以上という高い数字を誇る。