参院選での与党大勝を受けて岸田文雄首相(自民党総裁)は公明党の山口那津男代表と会談し、結束して政権運営に当たることを確認した。
衆院解散がなければ2025年まで大型の国政選挙はない。政権の安定基盤を固めた首相は、解散の時機を探りながら内外の課題に取り組むことになろう。首相の責任が一層重くなったとも言え、指導力の本領が問われることになる。
首相は選挙大勝を受けた記者会見で、新型コロナウイルスとロシアのウクライナ侵攻、物価高騰を挙げて「数十年に1度あるかないかの戦後最大級の難局だ」と指摘し、「有事の政権運営に当たる」と強調。参院選で公約に掲げた憲法改正や、安全保障環境の変化を踏まえた防衛力の抜本的強化に取り組む考えを表明した。
しかし、改憲などが参院選で有権者が政治に託した課題だっただろうか。共同通信社のトレンド調査では、有権者が重視したのは物価高騰対策や社会保障政策だった。政策の優先順位を間違えてはならない。国民の声に真摯(しんし)に耳を傾ける姿勢が求められる。
首相は新規感染者が増えているコロナ対策や物価高騰対策にも言及した。しかし、具体策はなく新味に欠けるものだった。コロナ対策では感染拡大防止と経済社会活動の両立を図る考えを示しただけだ。物価高騰対策では予備費を活用するとして新たな補正予算の編成は否定した。即効性のある具体策を早急に打ち出すべきではないか。
その一方で首相が力を込めたのが改憲と防衛力の増強だ。首相は、選挙遊説中に銃撃された安倍晋三元首相の死去に触れて「思いを受け継ぎ、拉致問題や改憲に取り組む」と強調した。
確かに参院選では、9条への自衛隊明記や大規模災害時の緊急事態条項創設を公約に掲げた自民と日本維新の会が議席を増やした。公明、国民民主両党を加えた、いわゆる「改憲勢力」は改憲の国会発議に必要な「総議員の3分の2以上」の議席を占め、衆参両院で発議が可能な議席を制した。一方、自民の9条改正案に反対を掲げた立憲民主党は敗北した。
改憲論議を加速させる環境が整ったとの判断だろう。首相は会見で、自民が条文イメージをまとめている9条など4項目の改憲案について「いずれも現代的な課題だ」と強調、「できるだけ早く発議に至る取り組みを進めていく」と述べた。
だが「改憲勢力」と言っても各党の関心は同じではない。公明は新しい理念などの「加憲」を主張し、9条への自衛隊明記案には「検討を進める」と賛否を避けている。山口代表が「数合わせではなく、どういう合意を目指すかが大事だ」と指摘した通り、重要なのは国民の理解が得られる改憲原案を作り上げられるかどうかだ。
防衛力に関しても、首相は「5年以内に抜本的に強化する」と表明。相手国の領域内を攻撃できる「反撃能力」の保有も含めた検討を表明した。安保政策の基本である「専守防衛」からの逸脱が指摘される議論だ。
首相は会見で、政権運営の基盤は「国民の信頼と共感」だと改めて強調、「聞く力」もアピールした。改憲や安保政策などは国の根幹に関わる課題だ。拙速ではなく、国民の理解を得る丁寧な熟議を重ねていくべきだ。