出雲市で、観光客向けタクシーの運転手として活躍している大嶋厚子さん。前職の出雲観光協会職員を経て49歳でタクシードライバーに転向した。プロタクシードライバーとして奮闘する毎日や、新たな挑戦に踏み切った経緯について聞いた。(Sデジ編集部・宍道香穂)
▷運転手として島根の魅力伝える
大嶋さんは今年3月、観光客向けのタクシーやバスを運行している出雲観光タクシー(出雲市大社町北荒木)にタクシー運転手として入社した。入社前は出雲観光協会に勤務していて、観光で出雲を訪れる人々が移動手段としてタクシーを重宝している姿をよく目にしていたという。大嶋さんは「出雲は都会地と比べて公共交通機関が充実している土地ではなく、タクシーは観光客の方々にとってセーフティーネットのような存在になっていると感じていた」と当時を振り返る。

大嶋さんがタクシードライバーを志したきっかけは、観光協会時代に出会ったタクシードライバーの男性の姿。男性は70歳を過ぎていたが、定年退職後もタクシードライバーを続けていて、大嶋さんに「まだ社会に必要とされていることがうれしい。張り合いがある日々を過ごしている」と話していた。生き生きと働く男性の姿を見て、タクシー運転手の仕事に興味を持つようになったという。
タクシーやバスなど旅客運送を担う車を運転するには、普通自動車免許だけでなく「第2種自動車免許」を取得する必要がある。大嶋さんは今年2月、教習所に通って第2種免許を取得し、観光客向けの運送サービスを提供する出雲観光タクシーに入社した。業務では出雲大社や日御碕、稲佐の浜などを中心に、国内外から訪れる客を観光スポットへ送迎し、魅力を伝えている。

大嶋さんは大社町出身で、観光業に携わりながら地元の魅力を発信していきたいという。「島根出身の人はどうしても、他県の人と話す時などに島根を卑下しがちだが、いいコンテンツがたくさんある素晴らしい場所」と力を込めた。

入社後は運転業務のほか、会員制交流サイト・facebook(フェイスブック)の「中の人」として、お薦めの観光地の写真を掲載したり、プロドライバーの業務について発信したりしている。出雲観光タクシーの渡部稔社長は「フェイスブックを見て予約時に大嶋さんを指名してくれるお客様もいる。コミュミケーション力があり、タクシー運転手に適任だと思う」と大嶋さんを評価する。
▷運転技術やコミュニケーション 日々訓練
自家用車の運転と比べ、旅客運送における運転で難しい点や苦労したポイントは何か。大嶋さんに尋ねると「まずは走行する位置。普通免許を取得する際は「キープレフト」(中央線に寄らないよう、なるべく車線の左側を走行すること)と習うが、お客様は後部座席の左側に乗る場合が多い。あまり左側に寄りすぎると歩道とお客様との距離が近くなり、恐怖を与えてしまう」と話した。
ほかにも、揺れを最小限にとどめながら運転することやカーブをスムーズな軌道で曲がることなど、旅客運送には高い運転技術が必要で、大嶋さんは「とにかく運転を繰り返した。研修で先輩方の隣に乗ると自分よりもはるかにレベルが高く、まだまだ修行中と感じる」と話す。

運転以外にも、客がタクシーに乗り降りする際にドアを開けるタイミング、走行中の会話など、快適に過ごしてもらうために配慮すべき点がたくさんあるという。出発前の車両点検ではエンジンのかかり具合が正常か、ランプはきちんと点くか、タイヤの溝が浅くなっていないかなど、毎日30分かけて確認している。健康状態を万全にしておくため、睡眠時間や酒量にも気を配るようになったという。
▷変化のある毎日 楽しい
観光客をおもてなしする運転手ならではの気配りも必要とされる。大嶋さんは運転をしている時「あと〇〇分で次の目的地です」「さきほど空港を出発してから、西に向かって走っています」と、客に現在地を把握してもらうよう心掛けているという。「なじみのうすい土地では、どこに向かって走っているのか、今どのあたりにいるのかが分かりづらい。なるべく現在地や所要時間を伝えることで、お客様も少し安心できるのではと思う」と話した。

運転や客とのコミュニケーションは柔軟な対応が求められる。マニュアルのない仕事ならではの苦労があるものの、大嶋さんは「変化のある毎日が楽しいし、毎回新しい出会いがあるのがうれしい。自分の活動を通して、いくつになってもやりたいことを始められるのだと感じてもらい、子育てがひと段落した女性などに選択肢の一つとしてタクシー運転手を考えてもらえたらうれしい」と笑顔で話した。
かつて大嶋さんのタクシーに乗車した客から届いたというお礼状を見せてもらうと「今回の旅は大嶋さんに会えたことが大きかったねと(一緒に旅行した家族と)話しています」との言葉があった。大嶋さんの細やかな気遣いやおもてなしが、観光客の旅の思い出を彩る要素の一つになっているのだと感じた。