生のピアノ演奏に合わせて歌うジャズ、シャンソン、往年の洋楽や歌謡曲…。35年間、松江の音楽文化と大人の夜を彩ってきたバー「ピアノ」(松江市末次本町)が、28日夜の営業を最後に閉店した。新型コロナウイルスで客足が遠のいたのが引き金となった。最終日は常連客らが訪れ、マスターの阿式一夫さん(66)が奏でる調べに耳を傾け、惜しんだ。 (板垣敏郎)
阿式さんの伴奏で曲を歌い、サックスやトランペット、トロンボーンなど楽器を吹けるのが魅力だった。約30人が入れる店は主に、歓送迎会や忘年会などの2次会でにぎわった。
異変は2020年春に起きた。歓送迎会シーズンなのに新型コロナで客足が止まり、来店者なしの日々が続いた。その後も状況は好転しなかった。
「新型コロナはきっかけだが、閉店は時間の問題だったかな」と阿式さん。カラオケの普及、大人数や仲間と連れだっての飲食会の減少など、音楽と酒を取り巻く環境は35年前と変わった。
最終日の28日は、常連客2人と若年夫婦が来店。歌の伴奏といういつものオーダーはなく、ただグラスを片手に阿式さんのピアノを聴いた。イエスタデイワンスモア、虹の彼方(かなた)に、枯れ葉といった名曲の数々。30年前から訪れている森省作さん(64)=倉吉市伊木=は「付き合いが長くて言葉がない。松江市内で働いていたころ、疲れた心と体を演奏で癒やしてもらった」と話した。
阿式さんは、音楽好きの父親の影響でピアノを始めた。大学時代にバンドの演奏を手伝う中で曲を覚え、バーを開いて腕を上げた。「音楽や人間関係の機微は全て、お客さんに教わった」と感謝する。
店内中央には開店当時、100万円で購入したグランドピアノがある。「長年の月日のおかげか、やっと鍵盤に指がなじんできた感じだった」と語る姿は、少し残念そうだった。